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紛争の北アイルランドで抑圧された少女の内なる声
「身体的な暴力を受けたのではないかぎり、自分に向かってあからさまに侮辱的な言葉を投げかけられたのではないかぎり、侮蔑の視線で見られたのではないかぎり、何も起こったことにならない。そういう基本ルールがある一触即発の社会で育てられた18歳の自分が、そこに何もないことに対して攻撃を受けていると言えるだろうか?」と彼女は思う。だから、かなり年下の主人公に対して不健全な性的関心を抱いているような一番上の姉の夫が彼女とMilkmanが愛人関係にあると決めつけて説教をしても何も言い返さない。
労働者階級の家庭で育ちながらも、豊かな知性を内包していることがわかる主人公だが、男たちが安易なヒロイズムにかられて互いを殺し合い、隣人同士が疑いをかけ、噂を流し、女は若くして結婚することを要求され、結婚の失敗や離婚は許されず、未亡人が貧困の中で数多い子どもたちを育てる社会では、18歳の利発な少女の内面などには誰も関心を抱かない。
何の関係もない相手と愛人関係にあると社会から決めつけられた主人公の日常は「不条理」そのものだ。
だが、その不条理は、70年代のベルファストではなく、同時期に日本で育った私も感じたものだ。なぜ我慢してきたのかと今になっては思うが、それはそういう「基本ルール(ground rules)」だったからだ。
主人公は、複数のストーカーから監視され、深夜にそれを伝える電話を受け、性的なニュアンスの威圧をされ、心底怖いのに、誰にも訴えることができない。「何もされていないだろう?」とか「お前につけ込むスキがあるのが悪い」とかえって悪者にされてしまうことがわかっているからだ。Burnsの文章はわかりにくいかもしれないが、同じような体験をしている読者はきっと「私が感じてきたのはこれだ!」とわかると思う。
最初に読んだときには、「面白いのか面白くないのか、好きなのか嫌いなのかよくわからない小説」だと思った。イライラして放り投げたくなる部分と、ものすごく同感して「そのとおり!」と大声を上げたくなる部分が同じくらいあったから。だが、読後ずっと頭にこびりついて離れなかった。
彼女の内なる声には繰り返しも多く、くどいようにも感じるが、二度目に読むと、労働者階級の町で誰からも理解されない18歳の少女の鋭い視点や洞察力と、卓越した表現力に膨大なユーモアが含まれているのがわかる。
二度読みした今は、「ものすごく深くて、面白くて、好きな小説」だと胸を張って言える。
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