コラム

トランプ時代に売れるオバマとバイデンの「ブロマンス」探偵小説

2018年08月17日(金)17時00分

小説の中で、ホワイトハウスを離れてからのオバマはリチャード・ブランソンが私有する島でウインドサーフィンをし、カナダのジャスティン・トルドー首相とカヤックをし、俳優のブラッドリー・クーパーとベースジャンピングをして楽しんでいる。引退してから静かな生活を送っているバイデンは、それをテレビや雑誌で見て静かに憤っている。8年間ほぼ毎日一緒に過ごした仲だというのに、ゴルフに誘うどころか、絵葉書のひとつもよこさないのだ。

嫉妬心にかられたバイデンがブラッドリー・クーパーの写真に向かってダーツを投げているとき、突然オバマがバイデンの自宅に現れる。バイデンが仲良くしていたアムトラック鉄道の車掌が疑わしい状況で事故死したのだという。バイデンとオバマは車掌の死の真相を突き止めるために調査に出かける、という内容だ。

この筋書きから想像がつくように、常に冷静沈着で超然としているオバマがシャーロック・ホームズで、憧憬とフラストレーションが混じった感情を抱きつつ付いていくバイデンがワトソンだ。

作者のAndrew Shaffer(アンドリュー・シャファー)は、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のパロディ小説である『フィフティ・シェイムズ・オブ・アールグレイ』を書いたこともあり、パロディの世界に馴染み深い作家だ。

obama180817-02.jpg

バイデン元副大統領(左)と写る作者のアンドリュー・シャファー Courtesy Andrew Shaffer

「パロディ」には模倣の対象をあざ笑うニュアンスがこめられているが、Hope Never Diesにはそれはない。オバマとバイデンが仲良くつるんでいたオバマ政権を「原作」として捉えれば、その主人公たちに別れを告げたくなくて非公式の続編を書く「ファンフィクション」のほうに近い。

作者のシャファーにそういった印象を伝えたところ、「個人的にファンフィクション作家に対しては大いに尊敬を抱いているし、ファンフィクションに対してネガティブな含みはない。けれども、Hope Never Diesを書いているときに、その考えが頭に浮かんだことはない」と否定した。パロディについても「ノワール小説(暗黒街犯罪小説)のパロディは意図しているけれど、それ以外はパロディでもないと思っている」ということだった。

作者は意図していなかったかもしれないが、この探偵小説を手に取り、楽しんでいる読者はオバマ大統領とバイデン副大統領のファンであることは間違いない。プロットがシンプルで軽い内容の今作が売れているのは、中南米からの移民やイスラム教徒、黒人への差別、女性蔑視を堂々と行うトランプ大統領に辟易し、オバマ政権を懐かしがっているアメリカ国民が多いからだろう。

読者を魅了している大きな要素として、オバマとバイデンの「ブロマンス」も無視できない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story