コラム

精神医学の専門家が危惧する、トランプの「病的自己愛」と「ソシオパス」

2017年10月27日(金)15時00分

トランプは単にクレイジーなのか、それともキツネのようにずる賢いのか? Carlos Barria-REUTERS

<トランプの危険な人格を「警告」する義務感に駆られた専門家が寄稿した解説書は、何より米社会の「邪悪の正常化」に警鐘を鳴らす>

2015年6月16日に大統領選への出馬を発表して以来、ドナルド・トランプの常軌を逸した言動に関する話題は途切れたことがない。

ビデオやツイッターでの揺るぎない証拠があるというのに平然と嘘をつきとおし、それを指摘されたり、批判されたりすると、逆上する。そして、こともあろうか、ツイッターで個人を執拗に攻撃する。

これまでの大統領候補や大統領からは想像もできなかったトランプの言動に対し、インターネットやメディアでは「彼は単にクレイジーなのか、それともキツネのようにずる賢いのか?(Is the man simply crazy, or is he crazy like a fox?)」という疑問が繰り返されてきた。

しかし、精神科医や心理学者、心理セラピストなど精神医学の専門家の大部分は、専門的な見解は述べず沈黙を守ってきた。その主な理由は、「ゴールドウォーター・ルール」というアメリカ精神医学会の行動規範だ。

この行動規範の名前は1964年大統領選の共和党候補バリー・ゴールドウォーターから来ている。核兵器をベトナム戦争で標準兵器として取り扱うことを推奨するゴールドウォーターに対して「Fact」という雑誌が精神科医からアンケートを取り、「1189人の精神科医が、ゴールドウォーターは大統領になるには精神的に不健全だと答えた」というタイトルの特集号を刊行した。大統領選に敗戦したゴールドウォーターは名誉毀損で雑誌の編集者を訴え、勝訴した。

この経緯から、精神医学専門家の品格や信頼性を維持し、公人や有名人を名誉毀損から守るために「公的な人物について、直接に正式な検査を行なわず、また承諾を得ずして、その人の精神の健康について、専門家としての見解を述べることは非倫理的である」というゴールドウォーター・ルールが生まれた。

トランプ大統領が就任した2カ月後の3月、アメリカ精神医学会の倫理委員会は、「もしある個人が国や国の安全にとって脅威だと信じている場合に意見を述べても良いのか?」という仮の質問を挙げた上で、改めてゴールドウォーター・ルールを遵守するよう呼びかける声明を発表した。

だが、このアメリカ精神医学会の対応に疑問を抱く専門家は少なくなかった。

翌4月20日、イェール法律大学院でも教鞭をとる精神科医のバンディ・X・リー准教授が「『警告義務』も専門家の責務に含まれるのか?」というカンファレンスを企画した。

リーに招待された多くの専門家は関わるのを避けたようだが、インターネットやメディアで関心を集め、複数の大手出版社が出版を持ちかけた。執筆希望者も多く、その中から27人が3週間というタイトなスケジュールで書き上げたのが本書『The Dangerous Case of Donald Trump(ドナルド・トランプの危険な症例)』だ。

内容は大きく三部に分かれている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国防長官候補巡る警察報告書を公表、17年の性的暴

ビジネス

10月の全国消費者物価、電気補助金などで2カ月連続

ワールド

サハリン2はエネルギー安保上重要、供給確保支障ない

ワールド

シンガポールGDP、第3四半期は前年比5.4%増に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story