コラム

白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ

2015年11月11日(水)17時05分

 このように、著者の息子に代表される若い世代の黒人読者を想定して書かれたエッセイなのに、発売後になぜか白人読者からも高く評価され、ニューヨーク・タイムズのベストセラーになり、ついに今年の全米図書賞の候補にもなった。

 話題になったきっかけのひとつは、ノーベル文学賞受賞者トニ・モリスンの推薦文だ。モリスンが「required reading(必読書)」と呼んだおかげで、ツイッターでも「モリスンがそこまで褒めるなら読まなくちゃ」という感じで盛り上がった。その 中には白人読者もたくさんいた。

 この思いがけない白人フォロワーたちに、Coatesは戸惑っているようだ。The Daily Beastの取材でも次のように不思議がっている。

「I don't know why white people read what I write(なぜ白人が僕の書くものを読むのかよくわからない)」、「I didn't set out to accumulate a mass of white fans.(白人のファンを大量に集めようとして書いたわけじゃない)」

 彼が言うように、白人読者を意識した部分はないし、そもそも彼は、白人の考え方に合わせたご都合主義の表現を嫌うライターだ。散文詩的なCoatesの文章を理解するのは難しいが、語っている内容は、歯に衣を着せない率直なものだ。

 アメリカは、黒人をモノとして保有し、使い、取引することで富と力を得た国であり、その歴史がアメリカの白人と黒人の間にいまだに深い溝を作っている。

 その深い溝を埋める方法を提案するでもなく、溝に橋をかけようとするオバマ大統領の手法にも賛成しない。多くの人々の努力で達成した進歩もさほど評価しない。そんなCoatesの言葉に、「じゃあ、私にどうしろと言うのか?」とフラストレーションを覚えたのは事実だ。

 だが、Coatesは、私のためにこの本を書いたわけではない。彼は、「わかってくれ」などとは頼んでいない。

 このエッセイは、白人が作り上げた都合のよい夢に没頭している国で、「黒人の肉体を持っていかに生きるべきか?」というCoates自身の人生の問いを追求する試みなのだ。

 最後まで読んでも答えが見つからないのは当たり前だ。著者自身がまだ答えを出していないのだから。

 Coatesは、簡単な答えを読者に与えてくれるほど親切ではない。息子にも「dream(夢見る)」ではなく、「struggle(あがけ)」と語りかけている。

 そんな読者への挑発が、このエッセイの価値であり、全米図書賞候補にも選ばれた理由だろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日本の相互関税24%、トランプ氏コメに言及 安倍元

ビジネス

焦点:トランプ関税で世界経済は一段と地盤沈下か、国

ビジネス

日経平均は急反落、一時1600円超下落 予想以上の

ワールド

トランプ米大統領の相互関税、日本は24% 全ての国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story