コラム

米国サイバー軍の格上げはトランプ大統領の心変わりを示すのか

2017年08月22日(火)17時15分

かつてはNSAの存在自体が秘密とされた時期もあり、CIAとは違ってNSAはそれほど注目される存在ではなかった。しかし、長官がサイバー軍司令官を兼任することによってスポットライトが当たるようになった。2012年には、毎年ラスベガスで開かれる(本来の意味での)ハッカーたちの祭典デフコンに招かれ、演説もしている。

この頃からアレグザンダーはサイバー軍の昇格を求めるようになった。アレグザンダーは四つ星の陸軍大将だったが、上位の戦略軍の司令官も四つ星のC・ロバート・ケーラー空軍大将だった。同じ四つ星だが、職責によって二人の司令官は大統領および国防長官との距離が異なる。サイバー軍司令官が大統領や国防長官と何か話がしたいと思っても、まずは戦略軍司令官とそのスタッフを通さなくてはならない。サイバーセキュリティがますます重要になりつつあるにもかかわらず、大統領との間に距離があることがアレグザンダーにとってはもどかしかった。

スノーデン事件で頓挫し、突然復活した組織変更

ところが、2013年6月、民間企業でNSAの業務を請け負っていたエドワード・スノーデンが現れ、NSAのトップシークレット文書を多数暴露してしまう。これによってアレグザンダーは一斉に非難を浴びるようになった。問題となったNSAの活動の多くは、2001年9月11日の対米同時多発テロを受けて、前任のマイケル・ヘイデン長官のときに始まっていた。公式には言明されなかったものの、アレグザンダーは実質的な責任をとらされ、NSAの長官とサイバー軍の司令官を2014年3月に退任する。サイバー軍の昇格は先送りになった。

第2代のサイバー軍司令官に着任したのはマイケル・ロジャーズ海軍提督である。引き続き、NSAの長官を兼務している。ロジャーズは慎重に物事を進めようとするが、2014年11月にはソニー・ピクチャーズに対するサイバー攻撃が発覚し、NSAは連邦捜査局(FBI)を支援して北朝鮮によるものと断定する。そして、2015年には米国政府の人事局(OPM)から2150万件の個人情報がサイバー攻撃によって盗まれたことも発覚した。さらに、2016年には大統領選挙にロシアが介入したのではないかという疑惑が浮上し、とても落ち着いていられる状況ではなかった。

ロジャーズはサイバー軍の昇格をアレグザンダーほど積極的に求めたわけではない。しかし、2016年後半には、サイバー軍司令官とNSA長官を分けたほうが良いのではないかと、アシュトン・カーター国防長官やジェームズ・クラッパー国家情報長官が言い出すようになった。ロジャーズはそれに抵抗し、11月の大統領選挙で勝利したドナルド・トランプにすり寄ったという報道も出た。

しかし、選挙後、そしてトランプ政権成立後にロシア疑惑がますます深刻化すると、ホワイトハウスの側近が次々と辞任するようになり、ジェームズ・コーミーFBI長官とともにロジャーズNSA長官はロシア疑惑を捜査する立場になり、やがてコーミー長官自身が大統領に更迭される事態に発展した。

国家情報長官もCIA長官もトランプ政権成立に伴って交代しており、主要なインテリジェンス機関のトップで交代していないのはロジャーズだけになっている。その中での今回のサイバー軍昇格をどう位置づけるべきなのかは、まだはっきりしない。トランプ大統領とロジャーズ司令官の蜜月を示すものなのか、あるいは、昇格に伴ってロジャーズが解任されるのか、はたまた、サイバー軍司令官とNSA長官との兼任が解かれるのか。トランプ政権全体が不安定さを見せ続け、東アジア情勢、中東情勢も不安定な中、この組織変更が何を意味するのか、注目しなくてはならない。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story