コラム

外交の長い道のり──サイバースペースに国際規範は根付くか

2018年10月26日(金)17時50分

シンガポールで開かれた「サイバースペースの安定性に関するグローバル委員会(GCSC)」 撮影:土屋大洋

<サイバースペースをめぐる国際規範がどれだけの効果を持ちうるのか...。シンガポールで行われた「サイバースペースの安定性に関するグローバル委員会(GCSC)」に参加して>

2018年9月、シンガポールの国際会議場で大きくロの字に配置された机に数十名の専門家がついた。地元シンガポールはもちろん、米国、欧州諸国、ブラジル、インド、南アフリカ、中国、日本などから集まったサイバー問題の専門家たちである。学者もいればIT企業の現役幹部、各国の元政府高官もいる。そして、部屋の奥側半分には各国外務省の外交官たちが座った。

議長はエストニアの元外相マリーナ・カリュランドである。彼女の外相としての任期は2015年7月から2016年10月でそれほど長くはない。しかし、米国、ロシア、イスラエル、メキシコ、カナダでエストニアの大使を務めたたたき上げの外交官である。
近年の彼女の活動として注目すべきは、国際連合総会で軍縮・不拡散を扱う第一委員会の下に設置された政府専門家会合(GGE)においてエストニア代表を務めたことである。

RTX1OSQX.jpgGCSC議長のエストニアの元外相マリーナ・カリュランド REUTERS/Ints Kalnins

2004年、ロシア政府が呼びかけたGGE(国連の政府専門家会合)

GGEとは、悪化するサイバースペースの現状を打破するべく、ロシア政府が呼びかけたもので、2004年以降、これまで5回にわたって開かれてきた。第1回から第3回までは国連加盟国から15カ国ずつ参加し、第4回は20カ国、第5回は25カ国が参加した。それぞれ、国連安全保障理事会の常任理事国(P5と呼ばれる)はすべて参加している。日本は第3回と第4回に参加した。

(参考記事)国連を舞台に、サイバースペースをめぐって大国が静かにぶつかる

GGEの位置付けはあまりはっきりしていない。報告書をまとめ、毎年9月にニューヨークの国連本部で開かれる国連総会に提出することがひとまずのねらいである。そこで各国の賛同を得られれば、ひとまずの参照文書になる。しかし、法的な拘束力があるわけではなく、国際条約になるわけでもない。各国がサイバー問題を考える際に基盤となる考え方をまとめたものである。

したがって、誰にでもわかるクリアな文言で書かれているわけではなく、国際交渉の妥協の産物として曖昧な文言も入っている。それでも、何もないよりはずっと良く、各国の外交官の多くはGGEでの議論に積極的に参加してきた。回を重ねることに参加希望の政府が増えているため、第4回、第5回と参加枠が増えてきた。

しかし、第5回のGGEは、2017年夏までに合意文書を作ることができなかった。そのため、9月の国連総会には何も提出できなかった。それをもってGGEは失敗したとする報道も出た。

合意文書が作れなかったのは、国連憲章の解釈などをめぐって強硬に反対した国があったこともあるが、2015年の第4回のGGE報告書で、できるところまではやってしまったという側面も強い。そこからさらに踏み込んでいくとなると、各国が相当突っ込んだ議論を交わさざるを得ず、それぞれが信奉する価値観や主権の問題に踏み込んでいくことになる。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story