コラム

サイバー攻撃にミサイルで対抗──イスラエルはサイバー・ルビコン川を渡ったか

2019年05月10日(金)12時30分

イスラエルがハマスのサイバー拠点を空爆したという写真  Catalin Cimpanu-Twitter

<イスラエルがハマスのサイバー攻撃への反撃としてミサイルで対抗。サイバー攻撃に対して火力を直接的に用いられたことはこれまでなかったが、今後、他国にとっての先例となるのだろうか>

日本で10連休のゴールデンウィークが終わろうとしていた5月5日、イスラエル国防軍のツイッターが「機密解除になった」として、ハマスのサイバー拠点を空爆としたと発表した。つまり、イスラエルに敵対する武装組織ハマスが行ったサイバー攻撃に対して、ミサイルで対抗したということだ。

攻撃の様子をとらえたとされる12秒のビデオも公開された。これを見る限り、無人機が上空からパレスチナ自治政府のガザ地区にある建物を一撃したようだ。人的な犠牲があったのかどうかは報道されていないが、拠点とされる建物の中に人がいれば、少なくとも負傷は避けられなかっただろう。

サイバー・ルビコン川?

もともとイスラエルとハマスは兵器を用いて互いを攻撃している状態だった。その点では全くの平和状態でこの事件が起きたわけではない。5月5日の交戦中、ハマスがイスラエルにサイバー攻撃を行ったことがきっかけだった。

何が狙われたのか、イスラエルは詳細を明らかにしていないが、「イスラエル市民の生活の質」を損なうことを目的としたサイバー攻撃だったとしている。おそらく重要インフラストラクチャを狙ったのだろう。しかし、ハマスのサイバー攻撃はそれほど洗練されたものではなかったためにすぐに阻止された。そして、すぐさまイスラエルがハマスのサイバー拠点にミサイルを撃ち込んでサイバー攻撃ができないようにした。

もはやサイバー攻撃は密かに行われるものではなく、米国もイスラム国などにサイバー攻撃を行っていることを公言しているし、程度や質の差はあれ、中国、ロシア、北朝鮮、イランなどはサイバー攻撃の黒幕として見られることが多い。しかし、それへの報復がこれほど短時間で、そしてサイバー攻撃ではなく火力を用いて行われたことが注目を集めた。

すぐさまこの事件に関する論説がウェブ上で戦わされるようになった。イスラエルはルビコン川(古代ローマにおいてユリウス・カエサルがローマ本国の境界を越えて進軍した際に渡った川)のサイバー版を渡ったとする意見も現れた。

国際法上は、制裁や報復は、均衡性の原則に基づかなくてはならないとして批判する声も多い。かつてはサイバー攻撃に核兵器を使うという勇ましい声が出たこともあったが、それはさすがに行き過ぎだろうと多くの国際法学者は考えている。しかし、誰がやったのかわかりにくく、攻撃そのものが潜伏型で行われることが多いサイバー攻撃では、何をもって均衡がとれているとするのか、判断がきわめて難しい。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story