コラム

ビル・クリントンが書いたサイバー攻撃をテーマとした小説『大統領失踪』

2018年11月07日(水)19時30分

元大統領がサイバー攻撃小説を書いた sAlvin Baez-REUTERS

<ビル・クリントンが、サイバー攻撃をテーマにし、大統領を主人公とする小説を書いた。元米国大統領という当事者が、小説という形を借りて社会に投げかけた告発ともいえる...>

米軍のコンピュータ・ネットワークに突然、コンピュータ・ウイルスが現れ、そして忽然と消えた。米国経済、そして米国社会さえも破壊しかねない大規模なサイバー攻撃の可能性を察知した大統領は、それを阻止するべく、シークレット・サービスの警護を断り、自分で車を運転し、ワシントンDCの街へ出て行った。サイバー攻撃を密かに画策するのは、自分の地位を狙う副大統領か、あるいは国家安全保障に携わる閣僚たちか。政権首脳部の中に内通者がいる......

主人公はドナルド・トランプでもバラク・オバマでもない。近未来の架空の大統領ジョナサン・ダンカンである。

しかし、この小説を描いたふたりのうちひとりは、本物の米国大統領だったビル・クリントンである。小説家ジェイムズ・パタースンと共著で書かれた『大統領失踪』(The President Is Missing)は、サイバー攻撃をテーマにし、大統領を主人公とする小説である。

サイバー攻撃に狙われる米国

この連載で以前にも触れたことがあるように、米軍がサイバー攻撃を考え始めたのはロナルド・レーガン大統領が映画『ウォーゲーム』を観たことに始まる。しかし、実際に米軍に対するサイバー攻撃が始まったのは、1998年2月のことだった。当時の大統領は、本書の著者のひとり、ビル・クリントンである。大統領専用機エア・フォース・ワンの拠点となるアンドリューズ空軍基地のシステムで不正侵入が見つかった。事件は「ソーラー・サンライズ」と名付けられた。

当初、このサイバー攻撃は中東のアラブ首長国連邦から来ているように見えた。当時は1991年の湾岸戦争の影響がまだ残り、このサイバー攻撃は、戦争を生き残ったイラクのサダム・フセイン大統領によるものではないかと疑われた。

ところが、イスラエル政府の協力を得て捜査を進めてみると、不正侵入をしたのは米国カリフォルニア州のティーンエイジャー二人で、やり方を教えたのはイスラエルの18歳の男だった。

ほっとしたのもつかの間、翌月の1998年3月、米国オハイオ州にあるライト・パターソン空軍基地でシステムへの不正侵入が見つかった。「ムーンライト・メイズ」と名付けられた事件を捜査すると、攻撃者はロシア科学アカデミーにまでさかのぼることができた。結局、逮捕者は出なかったものの、国境を越えるサイバー攻撃の報告を受けた最初の現職大統領がビル・クリントンであり、ロシアによるサイバー攻撃を彼は強烈に記憶に刻んだことだろう。

「ムーンライト・メイズ」から十年後の2008年、中東の米軍基地の駐車場にUSBメモリが落とされていた。拾った兵士のひとりが基地の中のコンピュータにそれを挿入してしまった。そこからマルウェアが米国中央軍(USCENTCOM)のネットワークに侵入し、他のシステムにも広がってしまった。マルウェアはシステムにバックドアを設置し、そこからデータが外部に漏洩したと疑われている。米国防総省はこのマルウェアをシステムから完全に除去するのに十四カ月を要した。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ロシアへの追加制裁準備 欧州にも圧力強化望む=

ワールド

「私のこともよく認識」と高市首相、トランプ大統領と

ワールド

米中閣僚級協議、初日終了 米財務省報道官「非常に建

ワールド

対カナダ関税10%引き上げ、トランプ氏 「虚偽」広
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任務戦闘艦を進水 
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 10
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story