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ビル・クリントンが書いたサイバー攻撃をテーマとした小説『大統領失踪』
米軍も攻撃されるばかりではない。2010年に米国とイスラエルが共同でイランの核施設を狙ったとされるスタックスネット攻撃が明るみに出た。それへの報復としてイランは、翌年から米国の金融機関複数を執拗に攻撃し、JPモルガン・チェースの7600万の顧客口座が影響を受けたとされている。
2014年11月には、米国の映画会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントがサイバー攻撃を受けたことが明らかになった。原因は同社が公開しようとしていた映画『インタビュー』だとされている。この映画で北朝鮮の指導者金正恩がコミカルに描かれたことに腹を立てた北朝鮮政府が、外国の一民間企業に攻撃を仕掛け、同社の機密情報が漏洩するという前代未聞の事態になった。
2015年5月には、米国政府職員の人事情報を扱う人事局(OPM)のデータがサイバー攻撃によって漏洩した。その規模は2150万件に上り、悪用されれば政府職員を脅迫することもできる機微な情報が含まれていたため、外国の大使館から米国人外交官が本国に呼び戻されるということにもなった。この事件には中国の関与が疑われている。
こうした世界規模のサイバー戦の現状を踏まえ、米国が、不正侵入や情報窃盗どころではなく、破壊的なサイバー攻撃を受けたらどうなるのかシミュレーションしたのが本書である。インターネットやスマートフォン(スマホ)といった情報技術(IT)は米国経済にとっては不可欠になっている。独立(インディペンデンス)を強く志向する米国人たちが、ITに依存(ディペンデンス)してしまっている以上、サイバー攻撃による被害は国の存立自体を脅かしかねない。
苦悩し、いらだつ大統領
米国大統領は世界で最も権力を持っているといわれる。それは世界最強と目されている米軍の最高司令官だからであろう。しかし、国内政治に目を向ければ、大統領はさまざまな課題に日夜翻弄されている。そして大統領はしばしば、すべてを国民に明かすことができない事態にも陥る。
本書における米国大統領の苦悩は、元大統領だからこそ分かるリアリティを持って描かれている。それは、気にくわないニュースは「偽ニュース!」の一言で片付けてしまうトランプ大統領への皮肉にも見える。
もうひとつ、本書を読みながら気になるのは、米国の敵は誰なのかという点とともに、米国の味方は誰なのかという点である。残念ながら、日本はほとんど出てこない。日米経済摩擦で激しいつばぜり合いを繰り広げた日本を、クリントン元大統領は心情的に親密な同盟国と考えていないのかもしれない。それでは、米国の心情的な同盟国はどこなのか。その点を気にしながら読んでみるのもおもしろい。
本書にはこれまで実際に行われたサイバー攻撃も取り入れられている。たとえば、レーガン大統領が映画『ウォーゲーム』を観た1983年の前年にあたる1982年、ソ連のシベリアでパイプラインが大爆発を起こした。米国が意図的に不正なソフトウェアをソ連につかませることに成功したからである。これは世界最初のサイバー攻撃といって良いだろう。この事件は、当事者が残した機密資料に基づいて書かれた本(Thomas C. ReedによるAt the Abyss : An Insider's History of the Cold War)が唯一の情報源だったが、レーガン政権時代のホワイトハウスに勤めていたスタッフに改めて確認したところ、彼は事実だと確認してくれた。クリントン元大統領も事実だと知っていて作中で引用したのだろう。
本書の謝辞の最後には安全保障と対テロリズムのアドバイザーとして4人の大統領に仕えたリチャード・クラークの名前が挙げられている。彼はロバート・ネイクとの共著『世界サイバー戦争』(徳間書店、2011年)でいち早くサイバー攻撃の危険性を指摘したホワイトハウスの元スタッフである。こうした協力者のアドバイスが本書をよりおもしろくしている。
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