【現地ルポ】「生き残りをかけた冬」...砲撃と酷寒を耐え忍ぶウクライナ最前線の生活
SURVIVING THE WINTER
ストーブのアフターケアも重要だ。この日も煙突代わりのスチールパイプを搬入し、住民と共に調整に当たった。そして隣の町へ向かおうとしていた矢先、グレイポーレのど真ん中で砲撃に遭遇。ハンドルを握っていたアルシニーは幹線道路のシェフチェンカ通りに着いたところで、ザポリッジャへ向かういつもの左方向ではなく、右に折れた。身を隠せる頑丈な建物が並んでいたからだ。
雪に閉ざされてしまう不安
その時さらに砲撃音が響き、メンバーたちは「止まれ! 止まれ!」と声を上げた。そして、郵便局が入るレンガ造りのビルへと走り寄った。砲撃の衝撃で割れた窓ガラスが破片になって飛び散り、靴の裏で「ガシャ、ガシャ」と音がする。身をかがめながらマキシムが言った。
「グラートに追いかけられたな」
グラートとはロシア語で雹(ひょう)のことだ。60年ほど前、旧ソ連で開発された連射式長距離ロケット砲に命名された。40発のロケットを20秒で発射することが可能で、目標物に向かって雹のように次々と落ちてくる。
ボランティアのメンバーは、ロシア軍の偵察用ドローンの音を何度か聞いている。10月には、支援物資の荷下ろしを終えたときに砲撃を受けたこともあった。民間施設への無差別攻撃を続けるロシア軍は、人道支援活動をも標的にし始めたのだ。
グラートの再装填には10分ほどかかるという。ビルの壁に身を潜めていたメンバーは、アルシニーの「レッツゴー」という合図をきっかけに車に飛び乗った。彼は支援物資を積んだままの車をフルアクセルでぶっとばす。車窓越しに2カ所、後方と左前方に砲撃を受けた建物から立ち上る煙が見えた。
その後、彼らは隣町でガスボンベと食料を配布した。ボンベを設置した集合住宅の老婆は、ロシア軍の攻撃から逃れる最中に股関節など3カ所を骨折する大けがをしたという。夫は右手に包帯を巻いていた。
部屋に入った私たちに、「寒いからドアを閉めて」と彼女は言う。階段部分の窓は砲撃で壊され、4階の部屋に容赦なく風が吹き込む。周囲に残る住民は少なく、商店も休業している。ブチャやイジューム、ヘルソンなどロシア軍から解放された町については大きく伝えられるが、膠着状態の前線に大手メディアが入ることは少ない。このまま真冬を迎え、雪に閉ざされてしまったら彼らはどうなるのかと不安になる。
翌日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はザポリッジャの隣の州にあるヘルソンからの撤退を発表した。ロシア軍はウクライナ南東部での軍備再編に舵を切った。