ベラルーシの民間機「強制着陸」は前代未聞の横暴──ではない
MILE-HIGH DICTATORSHIP

強制着陸させられたライアンエア機 ANDRIUS SYTAS-REUTERS
<欧米の反発に対し、ロシアは偽善だと非難。民間機は国家権力からの「乱気流」に対して脆弱で、国家はこれまでも「領空」の曖昧さを悪用してきた。今後もその可能性はある>
ベラルーシ政府は5月23日、ギリシャからリトアニアへ向かっていたライアンエア機を、自国領空を通過中に戦闘機を使い首都ミンスクに強制着陸させた。目的は、反体制派のジャーナリストであるロマン・プロタセビッチを逮捕するためだった(本誌6月8日号32ページに関連記事)。
この横暴をめぐる欧米諸国の反発に対して、ロシア政府らは偽善だと非難した。引き合いに出したのは、2013年にモスクワから帰国の途にあったボリビアのモラレス大統領を乗せた飛行機が、ウィーンへと向かわされた事件だ。
同機にはアメリカの国家機密を漏洩した容疑で追われていたエドワード・スノーデンも搭乗していた可能性があったため、アメリカの圧力によりヨーロッパ諸国が飛行許可を出さなかった。
2つの事案は同列に扱えるものではない。今回のベラルーシとは違い、アメリカは偽のテロ脅威をでっち上げたわけでもなく、戦闘機をスクランブル発進させたわけでもない。
だが共通することは、主権国家の権力とその武力行使の範囲は、空中の民間機にもおよぶということだ。
国境は地上に引かれたものと思われがちだが、実際は垂直方向にも伸びている。1944年にシカゴで署名された国際民間航空条約は、その第1条で「締約国は各国がその領域上の空間において完全且つ排他的な主権を有することを承認する」と定めている。つまり、政府は民間機の領空へのアクセスを制限し、強制着陸を要求できる。
1988年にペルシャ湾で米海軍に撃墜されたイラン航空655便や、2014年にウクライナの分離派が撃ち落としたマレーシア航空MH17便などの運命と同じく、民間機は国家権力という地上からの「乱気流」に対して全く脆弱なのだ。
それでも、空高く飛ぶ国際線に乗っていると、一国の領域から外れたような錯覚を起こす。
ベラルーシ政府による「半ハイジャック事件」に世界が衝撃を受けたのはそのためでもあり、主権国家は時に領域の定義をめぐる曖昧さを悪用する。
国家にとって国境は障壁にも
例えば今回の一件はスノーデン事件で起きたある出来事を思い起こさせる。彼がモスクワの空港の乗り継ぎラウンジで拘束されていたとき、ロシアのラブロフ外相は引き渡しを要求するアメリカ政府にこう言って拒絶した。「彼はまだロシア領に入っていない」
実は、乗り継ぎラウンジは地政学上のブラックホール(どの国に属するか定かでない)との議論がある。一方で航空法の専門家は、国際民間航空条約に従えばスノーデンはロシア領空に入った時点でロシアに入国したことになると指摘する。