「解除拒否」アップルの誤算
つまりジョージ・ワシントン大学のオリン・カー教授(法律学)が偏りのない立場から論理的に主張するように、「このケースには(不法な差し押さえを禁じる)合衆国憲法修正第4条は当てはまらない」のだ。
アップルには、法的突破口になりそうなものが1つある。政府は1789年に制定された「全令状法」を持ち出している。これは法の執行に必要ならどんな令状も発行できるという法律で、盗聴行為を正当化する際によく適用されるものだ。
しかし最近の最高裁の判例を見ると、盗聴を命じられた企業が当該事案から「距離」があったり、結果的に「理不尽な負担」を負ったり、協力が必要でなかったりした場合は従わなくてもいいとしている。
アップル側はこの「距離」を主張している。既に売れた携帯とは利害関係がないからだ。しかし同社がかつてⅰPhone70台のロック解除に協力したことを考えると、この論拠は弱い。では、セキュリティー機能の変更は「理不尽な負担」だろうか。筆者を含め、中立的な立場の人なら、理不尽な負担と断言はできないだろう。
もともと「理不尽な負担」は曖昧な表現だ。もしも「物理的」な負担を証明できない場合でも、アップル側は「顧客情報を守り抜く企業」という名声に、ひいては収益に対する負担の発生を論じることも可能だ。ただし、ここでも過去に70回も要請に応じた事実がネックになる。もちろんアップルには超の付く敏腕弁護士がいるだろうから、もっと説得力のある議論を持ち出すかもしれない。
いずれにせよ、もっと興味深い論点がある。FBIは本当にファルークの携帯の中身が欲しいのか、という疑問だ。伝えられるところでは、既にFBIは通信会社から「メタデータ」、つまり通話の時刻、相手、通話していた時間などについての基本データを入手しているのだ。
結果は分かり切っている
ファルークが外国人テロリストと話をしたのなら、メタデータに形跡が残っているはず。だがマイケル・ロジャーズNSA(国家安全保障局)局長は、メタデータにその形跡はなかったと語っている(ファルークは別に2台の電話機を持っていたが、犯行前に2台とも破壊しているので真相は不明)。
FBIが何を捜しているのかも不明だが、そんなことはどうでもいい。テロ事案である以上、捜査当局にはすべての情報を入手する権利がある。しかしFBIは入手を急いでいないらしい。緊急性があるなら、NSAあたりが外国情報監視法(FISA)に基づく裁判所命令や司法長官の許可を得て、とっくに力ずくで情報を入手しているはずだ。内緒で政府に協力するハッカーはいくらでもいる。
【参考記事】ティム・クックの決断とサイバー軍産複合体の行方