「解除拒否」アップルの誤算
別に難しいことではない、と言うのはこうした問題に詳しい元諜報当局者だ。この人物によれば、そもそもアップル側がコードやOSに複雑な変更を加える必要はない。単に現状のセキュリティー設定をリセットし、暗証番号を「10回」間違えたらデータを消去するのではなく、100万回とか1億回とかに変更すれば済むことだ。
そうした作業をすべてアップル社内で、ネットを経由せずにケーブルで接続して、かつ政府当局者を排除した環境で行うこともできる、とこの人物は言う。なんならアップルの人間が「力ずく」の暗号解読を行い、FBIの望む情報を渡した上でハードを破壊する手もあるそうだ。
過去には70件の解除歴も
筆者が取材した限り、たいていの専門家はそれが現実的な解決策だと認めている。アップル支持派のソフトウエア・セキュリティー会社幹部も、まあ安全な方法だと答えた。
しかし、クック同様、この幹部も「もっと大きな問題」に目を向けてくれと主張した。ⅰPhone1台のロック解除に応じて、政府に情報を渡すだけならいいが、セキュリティーを脆弱化するためのソフト作成や修正を強いられることになったら一大事だと彼は言う。
本当にそうだろうか。アップルは08年以降、政府の要請や裁判所命令に応じて、少なくとも70回はⅰPhoneのロック解除を行った。そうすることで同社は「裁判所の許可があれば、政府にはアップル製携帯電話の中身を確認する権利がある」という原則を暗に認めてきた。
こうしたなか、クックは14年にⅰOS8を作った。政府からのさらなる協力要請に対抗するためだ。新システムではユーザーが独自にコード設定を行うため、政府からロック解除の要請がきても、堂々と「できない」と断ることができる。だからこそFBIは今回、誤入力によるデータ消去機能の無効化を要請してきた。そうすれば力ずくでロックを解除できるからだ。技術的には異なるが、政府によるアップル製電話機への侵入を許すという結果は同じだ。
もしかするとクックは、自社製品(とその利用者)のコンテンツに関する方針を変えたいのかもしれない。過去に協力要請に応じたことを後悔しているのかもしれない。だが法人としてのアップルが、過去に政府に協力してきた事実は消えない。
クックの言い分のもう1つの法的な弱点は、問題のⅰPhoneはサンバーナディーノ郡公衆衛生局が購入し、職員のファルークに貸与していた点だ。所有者である郡当局はFBIに対してロック解除に同意している。