コラム

謝らないアップルの危険性

2012年11月13日(火)21時18分

 以前から、アップルは謝らない企業だと思っていた。

 思えばiPhone4が発売された2010年初夏のこと、持ち方によってはうまく通話の接続ができないという問題が続出して、多数のユーザーが不都合を訴えたことがあった。メディアもこれは製品の不良ではないかと、こぞって報じた。あるユーザーがまだ存命だったスティーブ・ジョブズにメールを送ったところ、戻ってきたのはこんな返事だ。

「大した問題ではありません。そういう持ち方をしなければいいんです」。

 このアンテナ問題についてアップルが声明を出したのは、何週間も経ってからだ。「どんな携帯電話も、持ち方によっては通信強度表示のバーが1本は減ります」とか、「問題は通信強度のバー表示の設定自体にあるようです」などと書かれている。問題があることを認めたような、そうでないような......。無料でケースを配ったりはしたが、決して謝罪はしない。

 さらにさかのぼって、初期のiPodのスクリーンが傷つきやすいという問題が出た時もそうだった。結局は集団訴訟で決着が付けられるというケースも多い。たまに謝罪をすることがあっても、妙な方法である。2008年にクラウドサービスのMobileMeの不具合が生じた際には、まずジョブズが「あれはマズかった」といった内容で社内向けに送ったメールがリークされ、その後公式に謝罪が発表された。その時は、問題発生からすでに2週間以上経っていた。アップルは一事が万事、こんな具合なのである。

 ところが最近、謝罪に関して興味深いできごとがいくつか起きた。

 ひとつは、iPhone5 とiOS6のリリースの際に出てきたアップル地図問題である。グーグルマップを追い出し、鳴り物入りで自社製の地図アプリを発表したものの、それが大変にお粗末なものだった。大都市なのに白紙だったり、まったく別の場所の地図が表示されたり、そのお粗末ぶりには全世界のユーザーが驚き、不満の声を上げた。すると驚いたことに、発売1週後に新CEOのティム・クックが謝罪声明を出したのだ。「みなさんの期待に添うことがかなわず、大変に申し訳なく思っている」と素直に謝り、改良するまではグーグルやマイクロソフトなど他社の地図アプリを使って欲しい、とまで説明した。

 この謝罪はずいぶん話題になった。「アップルがまともに謝った最初のことではないか」、「やっぱりクックになってからアップルは変わったのか」と。謝罪で溜飲を下げたユーザーもたくさんいたことだろう。

 しかし、その謝罪の裏にはもうひとつの事件があった。有名重役の解任騒動である。

 クビになったのは、アップルのモバイル用iOSの開発担当副社長だったスコット・フォーストール。地図の責任者でもあったフォーストールは、謝罪声明に署名をするよう迫られたのだがそれを拒否したために解任になったという。署名がCEOのクックの名前になっていたのはそのせいだ。

 フォーストールは、ジョブズがアップルに復帰する前に創設したネクスト・コンピュータに在籍し、その時代からジョブズにかなり近い立場にいた。ジョブズの恩寵を受け、それを社内で自慢してふれ回るような人物でもあったという。謝らないアップル・カルチャーはジョブズの性格が社内に浸透していることの証でもあるが、フォーストールはそのDNAの正統な後継者。そして、クビになった。

 それではアップルが謝罪する企業に変わったのかと言うと、それも間違いである。

 アップルがイギリスで起こした特許侵害訴訟で、裁判所はサムスンのGalaxy TabはアップルのiPadを真似したものではないという判決を下し、アップルにサムスンへの謝罪をウェブサイトに掲載するよう命じた。そこで同社が取った行動が興味深い。

 まず、とても謝っているとは思えない謝罪声明を掲載した。「(サムスンのタブレットは、アップルほど)クールでない」と裁判官の言葉を引用し、さらに文末では、イギリスは敗訴したが「ドイツやアメリカの裁判所は、サムスンが真似したことをちゃんと理解している」という記述まで加えていた。

 裁判所はこの声明を「不適切」として撤回を求め、これに従いアップルは新しい声明を作成して、そこへのリンクを表示した。ところが今度は、それがiPadミニの大きな表示に邪魔されて見えなくなっていたのである。スクリーンの全面を占めるiPadミニのずっと下の方までユーザーがスクロールしなければ、その声明があるとはわからない。また、どうもイギリス国内からapple.comにアクセスすると、その声明へのリンクがあるイギリスのサイトのトップページに自動的につながらなくなっていることもわかった。しぶしぶ謝罪した後は、それを人目に付かせないという作戦だ。

 現在ではそのスクロールも改め、以前の声明が不適切だったと裁判所から指示を受けたことを明示した上で、新しい声明へのリンクが貼られている。リンクをクリックして読めるのは、以前のものよりはずっと短い2パラグラフの端的な声明だ。

 あれこれを総合して考えると、基本的にアップルという企業はよほど謝罪が嫌いなのだろうと思わざるを得ない。どうやって謝らないで済ませようかと逃げ回るのだ。だが結局は、中途半端な謝罪をしたせいでますます事態を悪化させる悪循環に陥る。今回のイギリスでの不適切な声明掲載に関しては、賠償金としてサムスン側の訴訟費用を負担せよとの命令が裁判所から出されている。

 現代社会では、企業も過ちを素直に認めた方が、顧客とのコミュニケーション上もよろしいのではと思うのだが、そういう風には考えないらしい。これまではまっすぐ謝罪しなくても売り上げに影響が出ないところがアップルの特徴でもあり強みでもあったわけだが、今のようにアップルがちょっと弱くなってくると、可愛くない姿勢をとってきたことの反動が何かのきっかけで起こる危険性もある。何よりも、過ちをごまかそうとすること自体に、人々を侮る傲慢さが透けて見えるのだ。

 ただ、このアップルのケースは別としても、「謝罪」を求めるわれわれの方にも若干の危険性があることを自覚しておいた方がいい。ちょっとしたことにも謝罪を求めるような社会的な空気は確かに強まっているし、ソーシャル・ネットワークのおかげでまるで集団監視のような状況も生み出される。それはそれで不健康なことである。そのあたりの健康的なバランスを見失わずにいたいと思うのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ

ワールド

イスラエルとヒズボラ、激しい応戦継続 米の停戦交渉

ワールド

ロシア、中距離弾道ミサイル発射と米当局者 ウクライ

ワールド

南ア中銀、0.25%利下げ決定 世界経済厳しく見通
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story