最新記事

言論

香港名物「政治ゴシップ本」の根絶を狙う中国

書店関係者「連続失踪」の影には、薄熙来の重慶モデルを踏襲したかのような、習近平体制の検閲ライン厳格化がある

2016年1月7日(木)18時01分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

踏みにじられた言論の自由 政治ゴシップ本を扱う書店として知られる銅鑼湾書店の入り口には「休息 CLOSED」のサインが(2016年1月1日撮影) Tyrone Siu-REUTERS

 政治ゴシップ本を扱う書店として知られる香港の銅鑼湾書店。その関係者5人が次々と失踪した事件が注目を集めている。

 事件の発端は2015年10月のこと。銅鑼湾書店を保有するマイティ・カレント・メディアの筆頭株主・桂民海さんが滞在中のタイのリゾート地から姿を消した。その後、同社株主の呂波さんが広東省深圳市で、銅鑼湾書店店員の張志平さんと林栄基さんが広東省東莞市でと、次々に失踪した。

 そして12月30日、銅鑼湾書店店主にしてマイティ・カレント・メディアの編集者である李波さんが香港で失踪した。失踪から3日後、李さんは広東省深圳市から香港の妻に電話をかけ、「(捜査に)協力している。騒がないで欲しい」と話している。また、銅鑼湾書店に無事を伝える直筆のファックスも送っている。

 しかし、香港住民の李さんが中国本土に入境するためには「回郷証」という、パスポートに相当する証明書が必要となる。「回郷証」は自宅にあり、また出境記録も残されていないため、密出国の形で中国本土入りしたと考えざるをえない。なんらかのトラブルに巻き込まれていることは明らかだ。中国当局は認めていないが、強引に連れ去られた可能性が高い。

 李さんは昨年11月に香港メディアの取材に答え、失踪した仲間たちは中国当局に拘束された可能性が高い、それでも自分は「香港にいるので不安はない」と語っていた。香港の言論の自由に対する李さんの信頼は、はかなく裏切られてしまった。

 今回の事件は世界的に大きな注目を集めている。「言論の自由」の問題、中国本土とは別個の法体系を香港に保証している「一国二制度」の枠組みが踏みにじられたという問題、さらにはスウェーデン国籍の桂民海さん、英国籍の李波さんが連れ去られたという外交問題が焦点となっている。

 いずれも重要な問題だが、ここでは視点を変えて中国の言論規制の変化について考えてみたい。

政府批判のSNSは検閲対象ではなかった

 ハーバード大学ケネディスクールのギャリー・キング教授は2013年、中国の検閲基準に関する研究を発表している。中国のSNSやネット掲示板でどのような書き込みが検閲対象になったかを調べたものだが、意外な事実が浮かび上がった。政府批判の書き込みが検閲対象になることは少なかったのだ。削除されていたのは、デモやストライキの呼びかけなど、人を集めてなんらかの行動を起こすよう呼びかける書き込みが中心だった。

 この研究はネットを対象としたものだが、新聞や書籍、雑誌でも、ネットよりは規制が厳しいとはいえ同様の傾向がある。ジャーナリストや作家は問題となる一線を理解し、そのぎりぎりで言論活動を続けてきた。

 ところが習近平政権誕生以後、検閲のラインは変化し次第に厳しくなりつつある。拙著『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』に詳述したが、習近平政権は「ネット世論の陣地」掌握を命題に掲げ、人権活動家やオピニオンリーダーを激しく弾圧、逮捕するとともに、アニメや漫画、ブロガーを活用したイメージ戦略を採用している。直接行動を呼びかける言論だけではなく、政権のイメージにとってマイナスとなる言論をも規制しだしたわけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中