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香港名物「政治ゴシップ本」の根絶を狙う中国

2016年1月7日(木)18時01分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 習近平体制の手法を先取りしていたのが、失脚した元重慶市共産党委員会書記の薄熙来だ。大規模な革命歌コンサートを開き、地元テレビ局に中国共産党賛美を中心とするよう指示した薄熙来は、自らを毛沢東の後継者、革命の申し子として印象づけ、人民の支持を自らの政治力に変えようとしていた。

 その一方で、自分のイメージを汚すような言論は徹底弾圧する姿勢を示しており、薄熙来批判の風刺漫画をリツイートした人や「薄熙来は大便」と書き込んだ人が労働矯正処分を受けるという事件もあった。

 薄熙来が重慶市という地方自治体で展開していた手法を、習近平が踏襲したという見方もできるだろう。

配本数が10分の1に減少した出版社も

 銅鑼湾書店の問題もこの流れに位置づけられる。「一国二制度」によって言論の自由が保証された(はずの)香港では、中国政治指導者の政治ゴシップ本が粗製濫造され、大量に出版されている。購入者は香港人だけではない。中国人観光客が本土では手に入らない珍しいおみやげとして購入してきた。この香港政治ゴシップ本を潰そうというのが狙いだろう。

 銅鑼湾書店関係者の失踪以外でも、昨年から中国の税関で荷物検査が徹底され、政治ゴシップ本が没収されるケースが増えている。また香港の大手書店には中国政府の圧力がかかり、政治ゴシップ本の販売をとりやめるケースも出ているという。

 政治ゴシップ本の出版で知られる香港新世紀出版社の鮑朴社長は昨年10月、米紙インタビューに答え、香港書店業界で70%のシェアを持つ聯和出版が習近平就任以来、政治ゴシップ本の仕入れ数を大幅に減らしていることを明かしている。香港新世紀出版社の配本数はわずか10分の1にまで減少しているという。このままでは香港名物ともいえる政治ゴシップ本市場の存続すら危ぶまれている。

 また人民日報社旗下の環球時報は5日の社説で、「香港は敵対勢力による国家政治制度の転覆活動の基地になってはならない」と主張し、香港政治ゴシップ本の取り締まりを支持する姿勢を明らかにしている。

 かつて香港は中国の窓だった。この地を通じてさまざまなコンテンツが中国に流れ込み、大きな影響を与えていった。しかし香港返還、中国本土の経済成長を経た今、すっかり様変わりしてしまった。中国に影響を与える窓になるどころか、中国から非民主的な検閲が流れ込みつつある。

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

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