最新記事

マーケティング

ナイキのW杯広告は呪われていた

天才的なCM「未来を書こう」はセンセーションから「祟り」に転落。ナイキはW杯という魔物をどう読み違えたのか

2010年7月7日(水)18時13分
ダグラス・ハッドウ

天国から地獄 ロナルドらスーパースターの起用が裏目に出たナイキのCM「未来を書こう」

 当初はさぞかし素晴らしいアイデアに思えたことだろう。スーパースターたちを集め、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した『バベル』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の手で仕上げた芸術作品のようなワールドカップ(W杯)向けのCMで、長年のライバルであり国際サッカー連盟(FIFA)の公式パートナーでもあるアディダスの天下を奪ってやろう、というのだ。

 このCM「未来を書こう」が初めてテレビやネットで流れた時はたちまち傑作と絶賛され、広告的天才の発露とも評された。動画サイト、ユーチューブの閲覧回数は、公開後1週間で史上最高の780万回に達し、まさに「アンブッシュ・マーケティング(潜り広告)」の技を極めたかのように見えた。

 このCMが成功したのは映像が素晴らしいほか、見る者誰もが共感できる、やる気にさせる物語をもっているから。惨めな失敗から立ち上がり再挑戦するスターたちの姿は、豆を煮て食べている庶民と英雄を隔てる唯一の違いは、自分の手で歴史を作る意志があるかどうかだと教えてくれる。

 だが、わずか3週間で事態は暗転する。準決勝までに敗退したチームのサポーター数百万人が責任者探しを始めるに従って、傑作CMに反発が募り始めて遂に審判が下った。ナイキの「未来を書こう」は呪われている......。

米企業はW杯を理解していない

 CMに出演したスター選手たちがことごとく屈辱的な負け方をしただけではない。無関係なのになぜかキャスティングされたテニスのロジャー・フェデラーまでが、ウィンブルドンでまさかの敗北を喫して8年ぶりに決勝進出を逃した。呪いの信憑性はますます高まった。

 さらにナイキは、W杯との関係で最も話題になったブランドの地位もアディダスに奪われた。「未来を書こう」は広告史上、ペプシコーラのCM撮影中にマイケル・ジャクソンの頭に火がついた時以来の大惨事として、好奇心と論争の的になった。凄まじい転落ぶりだ。

 この呪いは、長年ナイキにたたることになるのだろうか。そうならない望みはある。ナイキはオランダチームのスポンサー。オランダが優勝すれば、ナイキのロゴマークと無惨な敗北との間の超自然的な因果関係を証明するのは困難になる。

 このCMでより重要な示唆は、アメリカ企業がいまだにW杯の性質を完全に理解できていないということだ。ナイキのCMを作ったオレゴンの広告代理店ウィーデン+ケネディは、イングランドのウェイン・ルーニーやポルトガルのクリスチアーノ・ロナルドのようなスターの人気を煽ることではこれまで大成功を収めてきた。だがW杯は、スターのカリスマだけで一発勝負できるありきたりなイベントとは別種の生き物なのだ。

『スターウォーズ』キャラの勝利

 もし南アフリカ大会が何かを証明したとすれば、最も露出度の高い選手たちの技や努力は、チームとして組織的にプレイできる相手の前では無力化されうるということだ。数人のセレブ選手の個人技だけに焦点を当てたCMを製作するのは天に唾するようなもので、ナイキは天罰を受けた。

 だが、それよりさらに危なっかしいのは、ナイキが視聴者の興味の持続性と感情移入の度合いを過大に見積もっていた点だ。「未来を書こう」は素晴らしい作品であっと言う間に人気が盛り上がったため、事実上、大会のキックオフへ向けてお祭り気分を盛り上げるための格好の序曲になってしまった。そしてルーニーらがピッチで実際に試練を受けるときがくると、失敗して期待を裏切るまではCMと同じだがそのまま立ち直ることはなく、ナイキのスローガン「とにかく挑戦しよう」も破滅への序曲としか思えなくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=続伸、堅調な経済指標受け ギャップが

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米景気好調で ビットコイン

ワールド

中国のハッカー、米国との衝突に備える=米サイバー当

ワールド

COP29、会期延長 途上国支援案で合意できず
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中