コラム

自己弁護に追い込まれた「独裁者」の落ち目

2020年02月20日(木)16時37分

北京の住宅地をマスク姿で訪問した習近平。しばらく公の場から姿を消していた(2月10日)

<習近平が「1月初めから新型肺炎に適切な指示を出していた」という言い訳を共産党機関誌で行ったが、それは「語るに落ちる」内容だった>

2月15日、中国共産党中央委員会の機関誌「求是」のウェブサイトは、2月3日に開かれた共産党政治局常務委員会での習近平主席の講話を全文で掲載した。

この常務委員会は喫緊の課題である新型肺炎の対策会議だから、習の講話は当然、肺炎対策を内容とするものである。しかし、講話冒頭の習の言葉を読んだ時、私は大きな違和感を覚え、また失笑を禁じ得なかった。

習は開口一番こう言った。

「武漢の新型コロナウイルス肺炎が発生した後、私は1月7日に中央政治局常務委員会を開催し、その時に新型コロナウイルス肺炎の予防活動に関して要求を出した。1月20日には病気に対する予防と抑制活動に関する指示を出し、各レベルの党委員会と政府および関係部門が人民・民衆の生命の安全と健康を第一に置き、有効な対策を実行し、何としても病気の蔓延を食い止めよと指示した。1月22日、病気の急速な蔓延とそれに対する予防と抑制活動の厳しさを考え、私は湖北省に対して人員の流出を厳格にコントロールするよう要求した。旧正月の元日(1月25日)、私は再度政治局常務委員会を開き、病気に対する予防と抑制、特に患者の治療についての再研究と部署の見直し、要員の再動員を進め、中央疫病工作指導小組の設立も決めた」

以上は「求是」に発表された習近平講話の冒頭部分である。要するに、「疫病対策」において自分自身がどのような行動をとって、どのような指示を出したのかを時間順に羅列したものだ。

なぜ「周知の事実」を改めて?

まず疑問を感じたのは、彼が政治局常務委員会でそんなことを言う必要がどこにあったのか、という点である。例えば習はこの中で、自分は1月7日の政治局常務委員会で「予防活動に関して要求を出した」と述べた。だが本来、同じ政治局常務委員会に出席していたメンバーに対して、わざわざこのことを言う必要はどこにもない。ひと月も経っていない前の話だから、普通ならみんな覚えている。もちろん彼が羅列したほかの一連の指示や行動も、政治局常務委員会のメンバーなら誰でも知っているはずである。自分自身についての皆がとっくに知っていることを冒頭から延々と述べるのは、それはどう考えても異様であり、滑稽にさえ見えてくる。

彼は一体どうして、そんなことをあえてしたのか。1つ考えられるのは、肺炎対策における習の采配に対して疑問や批判が政治局常務委員会の中にあるから、あえてそれに対する反論、あるいは自己弁護を行なった、という可能性だ。「みんな覚えているだろう? 俺は最初からきちんと指示を出しているぞ」ということである。

しかし、もし習が中央最高指導部の中で反発や批判に遭って自己弁護に追われているのなら、それは「習近平独裁体制」にすでに綻びが生じていることを意味する。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国が対米報復関税、小麦などに最大15% 210億

ビジネス

中国、半導体設計で「RISC─V」の利用推奨へ=関

ワールド

欧州委、8000億ユーロ規模の防衛計画提案 共同借

ビジネス

トランプ政権の関税措置発動、企業の不確実性は解消せ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 7
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 9
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story