コラム

ウクライナ情勢をめぐる中東の悩ましい立ち位置

2022年03月08日(火)18時40分

ウクライナへの支援を増やせば相対的に他の被害者への支援が減る、というのは、世界の援助団体が抱える大きなジレンマである。ニュースになる被害には、支援金も集まりやすい。どれだけ被害が大きくても、常態化し改善が見られないような不幸には、これ以上支援しても仕方ないのではというムードに包まれがちだ。「ホワットアバウト」批判論者の多くは、「世界中の紛争事例すべてに目を配ることになんてできないのだから、ウクライナ支援に集中せざるを得ないじゃないか」と主張する。

気を配らなければならない紛争の総量に上限があるわけではないにもかかわらず、ニュース番組の時間が決まっているのと同じように、一定の分量を超えると紛争には目が向けられなくなる。勝ち抜きランキングのように、より大きな紛争、被害が出現すると、それまでもてはやされていた被援助者は、舞台から去らなければならない。

舞台から追い出されないようにするには、必死に「被害の大きさ」を訴える。誇張してまでも、自らが被った紛争の悲惨さを訴える。ヨーロッパのまなざしを獲得するために、援助者に気に入られるような被害者蔵を作り上げる。それは真の紛争理解をゆがめ、解決をさらに遠ざける。

「ホワットアバウト論」がむやみに乱用されないためには、こまめに「ダブル・スタンダード」を正していくしか手がない。そしてそれを放置することは、差別的だとか非人道的だとか、ただ規範の問題だけではない。本来単純な紛争構造が変質し複雑化し、一層解決困難なものになってしまうという問題があるのだ。

さらには、「国際社会は何もしてくれない」「アメリカは〇〇の要望には応えるが、我々の望みはかなえてくれない」という対国際社会・対米認識が定着することは、その失望感から逆に「頼れる別の大国」に寄ることになる。国連安保理事会でのロシア非難決議に、親米路線のど真ん中にいたはずのアラブ首長国連邦(UAE)が棄権した。UAEの駐米大使は、UAE・米間関係の現状を「ストレステストを受けているみたいなもの」と評している

ストレステストに失敗して、今の国際規範、国際秩序はただのヨーロッパ優先主義でしかないから破ったってかまわないのだ、という認識が定着することこそ、最も深刻な「現状変更」である。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story