コラム

「〇〇十周年」が重なった中東の2021年......9.11、ソ連解体、湾岸戦争、アラブの春

2021年12月23日(木)15時40分

このように考えれば、湾岸戦争であれ9.11であれ、イラクやアフガニスタンでの戦後の不安定であれ「アラブの春」であれ、中東を舞台に10年おきに巡りくるさまざまな大事件は、冷戦末期から冷戦後の国際政治の動乱のなかで紡がれてきたものであることがわかる。

だが、「〇〇〇1年」を巡る中東の記憶は、さらに昔に遡る。イラク王国やヨルダン(当時は首長国)がイギリスの委任統治のもとで建国されたのは、一世紀前の1921年だ。同じ年、イランでは、その後パフレヴィー朝が成立する前哨となったクーデタが発生している。

今の中東の諸国家の出発点になったのが、1921年という年だった。なぜならば、中東諸国の「近代国家」としての始まりは、第一次世界大戦の終結によるものだったからである。1918年に大戦が終わり、1919年にヴェルサイユ条約が締結され、1920年にセーブル条約でオスマン帝国の縮小が決定づけられ、その結果イギリス、フランスの中東地域での間接支配を決定付けたカイロ会議が開催されたのが、1921年である。1世紀前に戦後処理として作られた中東の「国家」は、英仏の植民地支配の下に生まれた。

そのため、その後の中東諸国の歴史は反植民地運動に彩られることになる。建国から20年後の1941年、イラクでは反英軍人によるクーデタが発生、当時の摂政による統治を停止させたが、英軍の介入で2カ月後には王政が復活した。国内の動乱によらずとも、英国の支配は徐々に縮小し、1956年のスエズ戦争後には「1968年までにスエズ以東からの英の撤退」を決定した。その結果、1971年には、それまで英支配下にあったペルシア湾岸の諸首長国がつぎつぎに独立した。

中東から消えた超大国

当初「休戦海岸」と総称された首長国がまとまって独立する、という案もあったが、結局カタールとバハレーンがそれぞれ個別の国として独立、残りの首長国がアラブ首長国連邦として独立した。クウェートだけはそれより10年早い1961年に独立を果たしたが、この時すでに英国のくびきから離れていたイラクはクウェートの領有権を主張、一触即発の事態が起きる。まさにそこから30年後に起きた湾岸戦争を予告するかのような出来事だった。

前世紀の後半から今世紀初頭におきた「〇〇〇1年」の出来事が、ソ連とアメリカという冷戦期以降の二大超大国の中東への関与を巡って起きた介入と反発の繰り返しだったとすれば、前世紀の前半におきた「〇〇〇1年」の出来事は、中東という地域で繰り広げられた最初の世界大戦の戦後処理として、人工的に作られた「国家」の自決権を巡る出来事だったといえよう。

さて、これらの数々の「〇〇〇1年」の出来事を経て、中東は建国以来初めてとも言える、超大国の不在を経験しつつある。建国時にはイギリスが、その後はソ連とアメリカが常に存在し、中東諸国はこれに対立したりこれを利用したりしながら、人工的な「国家」を維持してきた。それが、アメリカのアフガニスタン撤退で、初めて本格的に「頼れる大国」を失おうとしているのである。

このことが、中東諸国の行動にどのような影響を与えるか。かつて「アラブの春」で民衆が「外国には頼れない」ことを実感したように、今度は各国政府自体が大国頼みを止め、自力更生を追求していくのだろうか。その自力更生とは、現時点では、自らの軍事力で自国の覇権を維持し、権力を脅かす者を自力で抑圧していくことだけを意味しているように見えてならない。それが域内の覇権抗争という形で続くのか、はたまた域内協力関係に転じる可能性があるのか。

「〇〇〇2年」にはあまり振り返るべき大事件はないが、そのあとには「〇〇〇3年」という、戦争と対立を思い起こさせる年が控えている。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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