コラム

サウジのイエメン封鎖が招く人道危機

2017年11月14日(火)15時45分

だからこそ、国連や人道NGOの現場で働いている人々は、サウディの封鎖に対して文字通り悲鳴を上げたのである。集めた食糧、積み込んだ支援物資が、それなしには生きていけない人々の眼前で、止められる。2010年にガザに救援物資を運ぼうとした船がイスラエル軍によって銃撃された事件など、命を救おうとする行為が理不尽な遮断によって断たれることの、なんと無情なことか。

物資だけではない。人の移動も断たれる。アンマンでユニセフの緊急事態地域担当官を務めている筆者の教え子が、頭を抱えていたのは、イエメンで働く国連職員の避難をどうするかだ。国連だけではない、NGOも、たとえば「国境なき医師団」は、イエメン全土で82人の外国人が働いているという。このように人道支援を行う人々が、封鎖によって入れないだけでなく出られなくなる。なので、なんとかして退避ルートを考えなければならない。

だが、教え子が頭を抱えたのは退避方法そのものではない。退避することの是非だ。サウディ主導の連合軍は、封鎖にあたって人道支援団体に「特定の場所から退避するように」と警告している。だが退避することは外国人スタッフの何倍、何十倍もの現地スタッフを見捨てることだ。もちろん、支援を絶たれた住民の信頼も失う。映画『キリング・フィールド』で、現地アシスタントが出国できずにポルポト政権下のカンボジアに残されるのをただ見ているしかなかった、アメリカ人の主人公の姿が思い浮かぶ。

紛争地で頑張っている国連スタッフのツイッターやフェイスブックを見ていると、「逃げるものか」という根性がひしひしと伝わってくる。イエメンで頑張っているイエメン人のユニセフ職員もその一人だ。

ちなみに、筆者の教え子はシリア人である。日本に留学していたのだが、シリアで内戦が始まったのを見て、あえて帰国した。その後最初はシリアのユニセフで働き、そして現在はアンマンを拠点とする広域担当官として、イエメンやリビアを駆け回る。故郷のシリアに電気もなく灯油が高騰して残した家族が冬を越すのに辛かろう、と言いながら、よその国でしかないはずのイエメンやリビアで飢え凍える被災者たちに、行うべきことを行おうと奔走する。

国際機関とか人道支援とかいうとどことなく、地に足のついていない夢想家のすること、というイメージがあるかもしれない。だが地に足が付いているからこそ、国を越えて命を守ることを考えることができる。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

スペイン・ポルトガルで大規模停電、市民生活混乱 原

ワールド

BRICS外相会合、トランプ関税の対応協議 共同声

ワールド

ウクライナ、米と可能な限り早期の鉱物協定締結望む=

ワールド

英、EUと関係再構築へ 価値観共有を強調=草案文書
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    【クイズ】米俳優が激白した、バットマンを演じる上…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 8
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story