コラム

ISISの「血塗られたラマダン」から世界は抜け出せるか

2016年07月11日(月)14時30分

Khalid Al Mousily-REUTERS

<イラクとシリアで劣勢に陥ったISISが、戦線を各国に拡大しているという見方もあるが、実際には各地の不満分子がISISの「ジハード」によって活動を正当化しているのが実態のようだ。有効な解決策はないものの、各地域の社会問題を解決することがまず重要となる>(写真は自爆テロで破壊されたバグダッドの商業地区)

 通常は、盆と大晦日と正月を一緒にしたようなお祭り騒ぎのはずのラマダン明けの「イード(犠牲祭)」だが、今年は暗く沈んでいる。

 ラマダン月が明ける4日前にイラクのバグダードで起きた商店街カッラーダでの爆破事件は、292人もの死者を出したし、その翌日にはサウディアラビアのジェッダ、メディーナ、カティーフで爆破事件が発生した。ダッカのカフェ襲撃事件で日本人も含めて痛ましい犠牲者を出したバングラディシュでは7日、ラマダン明けのお祝いの最中に首都郊外の町で警察襲撃事件が起きた。インドネシアでもバイクで警察に突っ込んで自爆する事件が起きたし、クウェートでも爆破計画が発覚している。6月末に相次いだトルコ、ヨルダン、マレーシアなどでの事件も合わせて、まさに「血塗られたラマダン月」となってしまった。

【参考記事】連日の大規模テロ、ISISの戦略に変化

 各国で一斉に事件が発生したことで、「イスラーム国(IS)」がその方針を変えたのでは、としばしば指摘されている。先月半ばにイラク西部のファッルージャがイラク政府指揮下の部隊によって奪回され、イラクでのISの活動拠点はほぼ北部のモースルを残すのみとなった。イラクだけでなくシリアでもISは領土を大きく失っており、BBCによれば、ISが制圧する領土面積は最盛期から六割程度に縮小しているという。その劣勢を補うために、戦線を海外に拡大し、各国の「ホームグロウン」テロリストを活性化させているのだ、という見方だ。

 こうした見方では、どうもISの核がシリアやイラクにあってそこから堅固なネットワークが世界中に拡散しているかのように捉えられがちだが、果たしてそのような命令系統が明確にあるのかどうか、不明だ。むしろ、「世界の造反有理を求めている人々に「理」と暴力の使い方を提供する集団」としてのISの使い勝手のよさが「功」を奏して、さまざまな国や地域で独自の展開を始めている、といったほうがいいのではないだろうか。

 シリアでアサド政権の非道に憤り、なんとしてでもアサド政権を打倒しなければ救われない、と考えた人たちには、ISはアサド政権打倒の先鋒に見える。イラクでイラク戦争とその後の体制に不平不満を持っていた人たちには、ISはイラク戦争後の世界を戦前の世界に戻してくれる救世主に見える。二年前、イラクの北西部にISが侵攻した際、その住民が十分な抵抗をしなかった(ように見えた)のは、ISのことを旧バアス党や旧軍人などが結集したものだと認識し、戦後スンナ派社会が被ってきた屈辱をはらし、その自尊心を回復させてくれるために戻ってきたのでは、と思ったからだ。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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