コラム

金正恩「ワシントン訪問」に現実味はあるか

2019年07月02日(火)19時00分

2つ目は、在米の韓国人・韓国系コミュニティの動向です。現在の韓国本国では、経済の混乱を受けて、財閥や保守政党への逆風が続いています。北朝鮮に宥和的な文政権が生まれているのも、その流れに乗ったものです。

ですが、在米の韓国コミュニティというのは、全く別の価値観を持っています。ズバリ「保守=親米=反共=反北朝鮮」が彼らの核にある考え方です。それは歴史的な経緯から来たものであり、彼らが「どうしてアメリカに生活の場を移したのか」というアイデンティティーの根幹にも関わる問題です。

ですから、彼らは金正恩訪米などということは、簡単に受け入れることはできないでしょう。もちろん、彼らにも韓半島(朝鮮半島)全体にアイデンティティーを感じる部分がゼロではありません。ですが、簡単には受け入れないと思います。一部は強い反発を示すでしょうし、それは鋭く激しいものになる可能性があります。

3つ目は、北朝鮮の世論に与える刺激の問題です。北朝鮮としては、敵国である米国へリーダーが乗り込んで対等に振る舞うドラマとして紹介し、政権求心力を維持するための演出を加えて報じるでしょう。

ですが、どんなに隠してもアメリカはあらゆる角度から見て民主国家です。シンガポールやハノイ、あるいは中国を紹介するだけなら、「経済成長の手本」と言うことで済むでしょうが、金委員長の訪米報道にはどうしても米社会のオープンな様子が映ってしまうと思います。

またそれを隠せば隠すほど逆効果になる可能性もあります。政治の改革解放を進めるゴルバチョフが訪中したことが、89年の天安門事件の引き金となったように、金正恩訪米というニュースが、北朝鮮の政権動揺の導火線となる可能性はあると思います。

このように金正恩のワシントン訪問というのは、現実的には想定が難しいと思います。おそらく、トランプ大統領としては、この「交渉は切れていないが、解決は先送り」という微妙なさじ加減の状態を継続しながら「交渉のできる自分、妥協しない自分」という2つの仮面のバランスも維持して、2020年の大統領選まで「引っ張る」戦略ではないかと思います。

トランプという人物にとって「問題」とは「解決をするため」にあるのではなく、自分の「キャラ」を見せるための「舞台装置」に過ぎない、とりわけこの問題に関してはそのようなアプローチと見ていいのではないでしょうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、麻薬対策で米と協力継続の用意 外務省が声明発

ビジネス

十倉経団連会長、日本企業への影響注視 トランプ氏の

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、大幅な2%割れに警戒を=ポルト

ビジネス

石破首相がバイデン米大統領に書簡、日鉄のUSスチー
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 4
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    テイラー・スウィフトの脚は、なぜあんなに光ってい…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 9
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 10
    日本株は次の「起爆剤」8兆円の行方に関心...エヌビ…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 9
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 10
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story