ウクライナ東部、マレーシア航空17便撃墜事件と戦争のはじまりを描く『世界が引き裂かれる時』

2014年にウクライナ東部で実際に起きた大惨事に着目......『世界が引き裂かれる時』
<ウクライナ出身の女性監督マリナ・エル・ゴルバチの新作『世界が引き裂かれる時』で、2014年にウクライナ東部で実際に起きた大惨事に着目することで、戦争のはじまりに異なる光を当てる......>
昨年公開され、コラムでも取り上げたヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の『リフレクション』(2021)では、2014年に首都キーウから分離をめぐる紛争が繰り広げられる東部戦線に身を投じ、捕虜になる外科医を通して、ウクライナ戦争のはじまりが描き出されていた。
ウクライナ出身の女性監督マリナ・エル・ゴルバチの新作『世界が引き裂かれる時』では、2014年にウクライナ東部で実際に起きた大惨事に着目することで、戦争のはじまりに異なる光があてられる。その大惨事とは、同年の7月17日、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空17便が、ウクライナ東部上空を飛行中に、親ロシア派分離主義勢力が支配する地域から発射された地対空ミサイルによって撃墜され、乗客乗員298人が死亡した事件だ。
親ロシア派武装勢力の脅威が夫婦に迫る
物語はそんな事件が起こる日に設定されている。妊娠中で出産を間近に控えたイルカと夫のトリクは、ロシアとの国境に近いウクライナ東部のドネツク州グラボベ村に暮らしている。その日の明け方、優位に立つ親ロシア派分離主義勢力の誤射によって、夫婦が住む家の壁が破壊され、大きな穴が開いてしまう。
ふたりはすぐに壁の修繕に取りかかろうとするが、上空を飛行していた航空機の撃墜事件が起こり、グラボベ村近郊に機体が散乱し、村を含む地域が封鎖され、さらなる混乱が巻き起こる。墜落現場で遺体の回収や行方不明者の捜索が進むなかで、親ロシア派武装勢力の脅威が夫婦にも迫り、食糧や自由を奪われ、破局に向かっていく...。
そんな夫婦の運命には、対極の立場にあるふたりの人物が関わっていく。ひとりは、トリクの友人で日和見主義的なサーニャ。親ロシア派武装勢力と行動を共にし、トリクも引き込もうと彼に制服を渡す。もうひとりは、イルカの弟のヤリク。キーウの大学を卒業してドネツクに戻ってきた彼は、親ロシア派分離主義者に対する敵意を露わにし、姉を安全な地域に連れ出そうとしている。
なんとか対立を避け、妻を病院に連れて行きたいトリクは、親ロシア派武装勢力に対して極力従順に振る舞おうとするが、そんなふたりが彼を追いつめていく。
独特のカメラワークが生み出す効果
本作は、こうした緊迫した状況を、生活を守るために奮闘するイルカというヒロインの目を通して描いているが、単純に彼女を中心に据えた映画と考えてしまうとその魅力が半減する。確かに、人物たちの図式やドラマから見れば彼女が中心に位置しているのは間違いないが、映像のなかでは必ずしも中心とはいえない。
本作では、長回しやロングショット、非常にゆっくりとしたパンを組み合わせたような独特のカメラワークが多用され、様々な効果を生み出している。
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