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落書きや放置自転車の発する「秩序感の薄さ」が犯罪を誘発する
割れ窓理論の実践で最も有名なのが、ニューヨークの地下鉄の強盗対策だ。そこでは、落書きを犯罪の呼び水と位置づけ、落書きから得られる利益の消滅を図った。つまり、落書き犯は、自分で見て自己満足するか、他人に見せて自慢するために書くから、車両をきれいにした後に落書きされた場合には、それが消されるまでその車両は走らせなかった。したがって、落書きだらけの車両に落書きした場合には、それを見てもらえるが、きれいな車両に落書きした場合には、それを見てもらえないことになったわけだ。これでは、落書きのモチベーションはなくなる。その結果、対策開始から5年間で落書きは姿を消し、それに続いて、増加していた地下鉄での強盗も減少に転じた。
事件現場にも、心理的に「入りやすく見えにくい場所」が多くある。2005年に栃木県今市市(現日光市)で起きた女児殺害事件の誘拐場所もその一例だ。
まず、登下校の近道になっていたトンネルの壁面に落書きがあった。
次に、通学路沿いの宅地分譲地には、自動車、コンピュータ、冷蔵庫、自転車、タイヤ、洗濯機などが不法投棄されていた。分譲後に開発が放棄されたため、人家はなく、荒れ放題だったのだ。
かつて、ある研究グループが、落書きを消しても犯罪が減らなかったから割れ窓理論には防犯効果がないと主張したことがあった。しかし、この実験では、研究者自身が落書きを消してしまったので、実験手法に問題があったと言わざるを得ない。
前述したように、割れ窓理論が落書きの放置を重視するのは、その背景に地域住民の無関心や無責任が見て取れるからだ。つまり、住民自らが落書きを消すよう働きかけなければ、地域の防犯力は向上しない。研究者自身が落書きを消して、さも住民の関心が高いかのように見せかけても、無関心のシグナルはほかにもたくさんある。頭隠して尻隠さず。表面だけ着飾っても本質は隠し切れない。
以上述べてきたように、「小さな悪」の放置が人々の罪悪感を弱め、その結果、「小さな悪」がはびこるようになり、それが日常の秩序感を崩し、「大きな悪」を生み出してしまう。したがって、落書きや不法投棄といった「小さな悪」を見かけたら、見て見ぬ振りをせず、きちんと対応することが必要だ。そうすれば、人々の罪悪感の低下を防ぎ、地域の秩序感を保つこともできるはずである。
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