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落書きや放置自転車の発する「秩序感の薄さ」が犯罪を誘発する
割れ窓理論が重視する秩序違反行為は、イギリスでは、「犯罪及び秩序違反法」として、法律の名前に採用されるまでに至った。日本でも『水文・水資源学会誌』で、水質汚濁が著しい河川の流域ほど犯罪発生率が高いという分析結果が報告されている。
前述したように、割れ窓理論は、コミュニティの縄張り意識と当事者意識を高めようとするので、警察活動についても、警察が地域住民とパートナーシップを組み、問題解決手法を用いて対応することを重視する。これは「コミュニティ・ポリシング」(地域志向型警察活動)や「問題志向型警察活動」と呼ばれている。
もっとも、割れ窓理論は、軽微な秩序違反行為を容赦なく取り締まるゼロ・トレランス(不寛容)型の警察活動を推進するので、エスニック・マイノリティーを過剰に取り締まる人種差別的な治安維持に結びつくという批判もある。しかしケリングも、割れ窓理論を実践した元ニューヨーク市警本部長ウィリアム・ブラットンも、割れ窓理論における警察の役割はコミュニティ支援なので、「割れ窓理論とゼロ・トレランスは別物」と明言している。
「小さな悪」が「大きな悪」を生み出すメカニズム
割れ窓理論で言う「割れた窓ガラス」とは、管理が行き届いてなく、秩序感が薄い場所の象徴である。繰り返しになるが、割れた窓ガラスが放置されているのは、その場所に関係する人々の「縄張り意識と当事者意識」が低いからだ。言い換えれば、周囲の人たちが、その場所のことに無関心・無気力・無責任であるからこそ、割れた窓ガラスが放置され続けているのである。
犯罪者に、そのように思わせてしまうシグナルとしては、割れた窓ガラスのほかにも、例えば、落書き、散乱ゴミ、放置自転車、廃屋、伸び放題の雑草、不法投棄された家電ゴミ、野ざらしの廃車、壊れたフェンス、切れた街灯、違法な路上駐車、公園の汚いトイレなどがある。
このように、割れ窓理論が心理面を重視するのは、「悪のスパイラル」とか「悪のエスカレーション」といったメカニズムを前提にしているからだ。それは、場所の乱れやほころびといった「小さな悪」が、いつの間にか、犯罪という「大きな悪」を生み出してしまう心理メカニズムだ。
例えば、ある商店の壁に落書きをされたとしよう。それがしばらく消されないでいると、「ここの落書きは消されずに見てもらえる」というメッセージになる。そのメッセージを受け取った人は、「誰かほかにも落書きした人がいるのだから、自分が落書きしても構わないだろう」と思うかもしれない。そうなると、次から次へと落書きをされてしまう。落書きだらけの壁の前には、「落書きができるのなら、これも許されるだろう」と思った人によって、ゴミが捨てられ、自転車が放置されるようになるだろう。すると、「ここなら、ひったくりも成功しそう」と思う人が現れ、その人が裏路地でひったくりに及ぶかもしれない。そのことが、「ひったくりが成功したのなら、空き巣だって成功するはず」と思う人を呼び寄せ、近所の家が盗みに入られてしまう。さらに、盗みに入った家で、帰宅した家人と鉢合わせすれば、強盗殺人事件に発展する可能性もある。
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