コラム

ロシア機墜落「イスラム国」関与説の信ぴょう性

2015年11月12日(木)16時30分

 英外相ハモンドはその後、CNNのインタビューに「ISのプロパガンダを見て刺激を受け、過激化した個人の犯行の可能性がかなり高い。シリアのIS本部から指示を受けずに、ISの名前で行動を起こした可能性がある」と話している。これはかなり巧妙なスピン(情報操作)と言わざるを得ない。サイバー空間ではさまざまな会話が交わされており、旅客機爆破テロをにおわす発言が傍受されることも珍しくない。ISか、「シナイ州」か、それとも単にISにシンパシーを感じる「一匹狼」の若者なのかでは、天と地ほど大きな違いがある。ISにシンパシーを感じる「一匹狼」まで含めると、容疑者の範囲は無制限に広がり、IS関与説を否定するのは難しくなる。

 当事者ではないロシア機墜落事件に関し、英国が積極的に発言する思惑はいったい何なのか。露大統領プーチンはシリア大統領アサドを守るためISより反政府勢力への空爆を優先させているが、ロシア機墜落へのIS関与が断定されれば、ISへの空爆を優先させることで欧米・中東諸国と足並みをそろえる可能性が出てくる。英国がイラクだけでなくシリアでもISを空爆できるよう英国内の世論を形成し、シリア空爆に慎重な下院の承認を得る空気を醸成できる。テロ対策として英国内の市民監視プログラムを強化することに対する市民団体の批判を封じ込められる。シギント(電子情報や電波の収集)を担当する英国の政府通信本部(GCHQ)が旅客機爆破テロの犯人や背景を特定できる確度の高い情報を握っているという話もあるが、その真偽は今のところ、はっきりしない。

 事件の発生地で、「シナイ州」の脅威に直面するエジプトや、被害者のロシアは「IS」を名指しするのを避けている。シャルムエルシェイク空港では、爆発物探知装置やX線検知装置が老朽化し、電気代を節約するため装置の電源が抜かれていたり、職員が検査中におしゃべりに夢中になっていたりするずさんな警備実態が指摘されている。それでも旅客機の爆破テロには複雑なオペレーションが必要だ。国際テロ組織アルカイダでさえ、2001年9月の米中枢同時テロ以降、一度も成功していない。ハモンドが言うようにISの信奉者が単独で旅客機の爆破テロに成功した、と考えるのは難しい。

プーチンは徹底的な報復に乗り出す?

 ISはシリアやイラクで勢力を固めている。次に、中東・北アフリカのジハーディスト(聖戦主義者)グループとの連携を広げている。3つ目として、ISの主張に共鳴する若者たちに欧米諸国への攻撃を呼びかけている。「シナイ州」は2011年ごろから活動が確認されており、勢力は700~1千人とみられている。これまでにロケット弾攻撃やイスラエル向け天然ガス・パイプライン爆破、観光バスへのテロを実行。モルシが追放された後は、エジプト内相爆弾暗殺未遂事件、軍情報機関施設を標的とした爆弾テロ、内務省職員殺害事件などで犯行声明を出している。組織力のある「シナイ州」が空港職員と内通し、機内に爆発物を持ち込んだシナリオは十分に考えられる。この場合、関連組織が本家のISでさえまだ成功していない旅客機爆破テロという荒業に成功するという力関係の逆転現象が起きる。旅客機爆破テロの手口がIS関連組織やシンパの「一匹狼」テロリストに伝播すれば、世界中でテロの脅威は飛躍的に増幅する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

全米で数千人規模の反トランプ政策デモ、「王政いらな

ビジネス

金融政策の独立性、米で疑問視される状況望まず=シカ

ワールド

イスラエル軍、ガザ救急隊員ら15人殺害のミス認める

ワールド

ウクライナとロシア、合計500人超規模の捕虜交換
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボランティアが、職員たちにもたらした「学び」
  • 3
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投稿した写真が「嫌な予感しかしない」と話題
  • 4
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 5
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 6
    体を治癒させる「カーニボア(肉食)ダイエット」と…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 9
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 10
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 9
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story