コラム

まだ終わっていない──ラッカ陥落で始まる「沈黙の内戦」

2017年11月08日(水)11時57分

スンニ派を敵に回すだけで地域の安定に向かわない

ISがイラクとシリアで勢力を広げた背景に、イラクではイラク戦争後のシーア派勢力によるスンニ派勢力への抑圧、シリアではシリア内戦後にアサド政権によるスンニ派部族の弾圧というスンニ派勢力の受難があったことは、このコラムでも何度か指摘した。さらにラッカなどシリア東部では伝統的にスンニ派部族の力が強く、それがISと結びついたことは「部族社会に逆戻りするアラブ世界」で取り上げた。

ロシア主導の和平プランが提唱する4カ所の安全地帯の1カ所になっているシリア南部のダルアーも、スンニ派部族の影響力が強く、2011年春、最初に大規模な反アサド・デモが起こった都市だ。それに対する政権軍・治安部隊の武力鎮圧によって、シリア全土のスンニ派部族に反政府の動きが広まった。

IS支配は過酷だったが、スンニ派部族にとってはアサド政権による露骨な暴力からの救済の面があった。さらに、ラッカに近いシリアの原油地帯のデリゾールをISが抑えて、原油から得られる収入を使って、スンニ派勢力・部族にアメを与えたこともIS支配を支える要素となった。

米軍がクルド人勢力を援護してISを力でねじ伏せ、ラッカを解放しただけでは、スンニ派を敵に回すだけで、地域の安定に向かわないことは明らかである。クルド人勢力がIS支配地域を力で抑え、アサド政権の包囲攻撃は続き、市民の犠牲だけが増え続ける。

しかし、国際社会の目は向かず、「沈黙の内戦」となることが今後の大きな懸念である。

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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