コラム

まだ終わっていない──ラッカ陥落で始まる「沈黙の内戦」

2017年11月08日(水)11時57分

ラッカで勝利を喜ぶシリア民主軍(SDF)の戦闘員たち Erik De Castro-REUTERS

<10月下旬、シリアの「イスラム国」の都ラッカが陥落。しかし、シリアでは今も内戦が続き、市民が犠牲になり続けている。国際社会の関心が急速にしぼむなか、大きな懸念は――>

シリアでの「イスラム国」(IS)の都ラッカが10月20日、米軍・有志連合の空爆の援護を受けたクルド人主体のシリア民主軍(SDF)によって制圧された。7月にはイラク側のISの都モスルがイラク政府軍によって制圧されており、ISが排除されたことで、シリア内戦に対する国際社会の関心も、日本での関心も、急速にしぼんでいる。

問題が何も解決してないというのもむなしいことだが、今後、国際社会の目が向かなくなることが大きな懸念となるだろう。

ダマスカスの東グータ地区は「安全地帯」のはずだが

SDFによるラッカ制圧宣言の4日後の10月24日、シリアの人権組織「シリア人権ネットワーク」(SNHR)が「ダマスカスの東グータの包囲は集団的懲罰」とする報告書を発表した。

kawakami171108-2.jpg

アサド政権軍による包囲攻撃による東グータ地区の市民の犠牲を告発するシリア人権ネットワーク(SNHR)のサイト

首都ダマスカスの東側、反体制勢力が支配する東グータ地区で2012年10月にアサド政権軍による部分的包囲が始まり、2013年10月からは全面的な包囲となったという。包囲の中でも、食料や医薬品は秘密裏に持ち込まれていたが、2017年3月以来、政権軍が完全封鎖を行った。

SNHRの報告書は、「地域にいる35万人はほとんどが民間人であり、子供の粉ミルクなど基本的な食料品の欠乏状態を招いている」とする。SNHRの集計によると、2012年10月22日から2017年10月22日までの5年間の包囲で、「子供206人、女性67人を含む計397人が食料や医薬品の不足が原因で死亡している」という。

このような包囲による悲惨な状況は、「数百件にものぼる虐殺に加えて、住宅地域への無差別で意識的な砲撃による数千カ所の民間住宅・民間施設の破壊によって起こっている」としている。

報告書では、東グータ地区が2017年7月に反体制勢力とロシアの間で合意された「安全地帯(de-escalation zone)」を設置する4カ所の1つであり、食料や医薬品の搬入も認められたが、「合意以来、これまでにトラックによる物資搬入は4回だけで、住民の必要量の25%しか満たしていない」と指摘。

加えて、「安全地帯を創設するという合意にもかかわらず、シリア軍とロシア軍は民間地域への攻撃を続け、殺戮と破壊の戦略は終わることなく、それと並行して、住民を飢餓状態に置く作戦が行われている」と非難している。

安全地帯の設定は、ロシアが主導し、トルコとイランが参加して、アサド政権軍と反体制勢力の和平構想として決まったもので、東グータのほか、シリア北部のイドリブとホムス、南部のダルアーが対象となっている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ガザ一部占領を計画 軍事作戦を拡大へ

ビジネス

任天堂、「スイッチ2」を6月5日に発売 本体価格4

ビジネス

米ADP民間雇用、3月15.5万人増に加速 不確実

ワールド

脅迫で判事を警察保護下に、ルペン氏有罪裁判 大統領
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story