コラム

まだ終わっていない──ラッカ陥落で始まる「沈黙の内戦」

2017年11月08日(水)11時57分

アサド政権軍の一貫した包囲戦術で市民の犠牲が増加

東グータ地区で進行する悲劇は、ISの都ラッカが陥落しても、内戦の問題は何ら終わっていないことを示すものである。

東グータは2013年8月に化学兵器攻撃があった場所であり、現地の病院を支援している国際的NGOの「国境なき医師団」(MSF)は現地の病院の情報として、死者355人で3600人以上の患者が出たとしている。米国は死者1429人と発表した。

東グータ地区に対する政権軍による封鎖は当時から問題になっていて、国際社会の圧力によって化学兵器使用をめぐる国連調査団は現地に入ったものの、住民が求める食料搬入は認められなかった。

当時、私は現地で活動する人権組織の関係者と、インターネットを通して話を聞いた。その関係者が、「化学兵器への国連調査の現地入りができるのに、なぜ食料や医薬品の搬入を政権軍に認めさせないのか」と、国際社会の責任を糾弾した言葉が記憶に残っている。

アサド政権軍は一貫して反体制地域に対する包囲戦術を取り、市民が犠牲になるシリア内戦の悲惨さを悪化させてきた。1年前はアレッポ東部への包囲攻撃が問題となっていた。

政権軍は2016年7月以来、アレッポ東部につながる道路をすべて封鎖して、食料や医薬品などの供給を阻み、包囲攻撃に出た。同時にロシア軍と政権軍が無差別空爆を行い、おびただしい数の民間人の犠牲者が出た。国連の人権担当は「深刻な人道危機」を繰り返し警告していた。政権軍は同年12月初めに東部に侵攻し、制圧した。

アレッポから世界に情報を発信した7歳少女が本を出版

アレッポ東部の包囲攻撃については、このコラムで、包囲の中からツイッターを通じて世界に情報を発信し続けている7歳の少女バナについて、「戦火のアレッポから届く現代版『アンネの日記』」として紹介した。

当時、バナと彼女の母親が投稿したツイートについては、アサド政権を支持する人々から「英国情報機関のプロパガンダ」などと中傷するツイートが出て、バナという少女が存在すること自体を疑問視する声も出た。

しかし、11月末に始まった政権軍によるアレッポ東部への侵攻について、東部から人々の状況を伝えたことで、世界の注目が7歳の少女に集まった。最後にはアレッポ東部から退避するバスに乗って、西側のイドリブに到着し、現地の市民ジャーナリストのインタビューを受ける映像が流れ、少女が現実に存在することは疑いのない事実となった。

あれから1年近くたって、今年10月1日、米国の出版社からバナの本『ディア・ワールド――シリアの少女の戦争の物語と平和への訴え』が出版された。自身の生い立ちから内戦の始まり、特に包囲された中での生活と、命がけの脱出までについて書いている。1人の少女の体験を通して、シリア内戦という21世紀の戦争を子供たちでも理解できるよう書かれた貴重な本であり、日本語訳が出版されることを期待したい。

本の中で、ツイッターを通じて世界にメッセージを発信したことについて次のように書く。

「食べ物や薬がどれほどないか、爆撃がどんなにひどいかを、私は(ツイッターで)語りました。それを誰かが聞いて、注目してくれるかどうか私には分かりませんでしたが、世界が戦争を止めるために何かしてくれるのではないかと期待していました。私はツイッターで世界中の人々に話すことができました。私のもとに世界中の大人たちや子供たちからメッセージが届くようになりました。人々が私に耳を傾けてくれていることが信じられませんでした。私とママは私たちが地下室で何時間も隠れていなければならない時に、メッセージを読みました。それによって、みんなが私に注意を向けていて、私たちが孤立しているのではないことを感じることができました」


 "Dear World: A Syrian Girl's Story of War and Plea for Peace"
 Bana Alabed
 Simon & Schuster

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ブラジル中銀理事ら、5月の利上げ幅「未定」発言相次

ビジネス

米国向けiPhone生産、来年にも中国からインドへ

ビジネス

フィッチ、日産自の格付けを「BB」に引き下げ アウ

ビジネス

世界経済巡るトランプ米大統領の懸念を「一部共有」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 9
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 10
    欧州をなじった口でインドを絶賛...バンスの頭には中…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story