コラム

予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄道計画が迷走中

2024年10月31日(木)12時05分

しかも、この惨状はまだ序の口にすぎない。もともと高額だった予算に上積みされる「超過支出」は100億ポンドないしは200億ポンド、とまるでその違いが誤差の範囲内であるかのように伝えられている。ちなみに、費用が予定の3倍に膨れ上がった悪名高きロンドン五輪でさえ、総額は100億ポンド以下で、しかも計画中止はなく一応実現はした。

この手の壮大なプロジェクトには誤った理屈が付いて回る。コスト予測は疑わしく(必ず上昇する)、経済的リターンの予測も不確かだ(大半は実現しない)。コストが膨れ上がり、事業の正当性が疑問視されると、新たな理由が取ってつけられる。

HS2の場合、それは「地域間格差の是正」という政治的目標だった。高速鉄道はイングランド北部の大都市の経済活性化を目指す多様な政策(いわゆる「北部パワーハウス」構想)と連動し、どういうわけか、それらの各都市をロンドン並みに引き上げることに寄与する、とされた。

さらには、国際的な威信まで持ち出されるようになった。列車のスピードで欧州諸国に負けるわけにはいかないのだ!

イギリスの政治家は、この判断が正当化される遠い未来を夢見ているようだ。建設中は不満だらけだった国民も、ひとたびHS2が完成すれば拍手喝采し、なぜ昔はガタガタの列車で平気だったのかと不思議に思うだろう、と。

計画大幅縮小の後に待つ大混乱

確実なのは、HS2が富裕層向けの超贅沢な移動手段となり、コストを少しでも回収すべく、切符の値段が跳ね上がるだろうということだ。

だが現実には、今から10年後にはおそらく、どこで道を間違えたのかを検証する公式調査が進んでいるはずだ。HS2が「やってはいけないこと」の見本になっているかもしれない。

もっとも、HS2構想の幹部らがコストの高騰に目をつぶり、警鐘を鳴らそうとした部下を黙らせていたことは、既に明らかになりつつある。投じた資金と労力が増えるほど、政府は計画を中止しにくくなるという前提があったようだ。そして進めるにしろ中断するにしろ損害を被るのは納税者だ。

昨年、リシ・スナク首相(当時)は計画の大幅縮小という苦渋の選択に踏み切った。だが、その後には大混乱が残された。例えば、買収した土地をどうするかも決まっていない。ロンドン中心部のユーストン駅にHS2が乗り入れるための新規プラットフォーム建設もあっけなく中止された(これまでにかかった費用は3億5000万ポンド)。

代わりに、ロンドンの西端に位置するオールド・オーク・コモン駅がHS2のターミナル駅になることが予定されている(どこにある駅なのか僕も知らなかった)。まるで、東海道新幹線が蒲田駅発着となるようなものだ。

結局、この計画はへたな妥協案であり、せめてユーストン駅までの区間だけでも完成させるべきだとの議論が続いている。

スナク首相は「イングランド北部を切り捨てた」「ビジョンがない」「本質が分かっていない」と批判された。そうかもしれない。だが、彼の決断は単なる損切りともいえる。あるいは、穴に落ちているならそれ以上掘り進めるべきではない、というシンプルな話なのかもしれない。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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