コラム

イギリスのスターマー新首相が早くも支持急落...その3つの理由

2024年10月08日(火)19時15分
イギリスのキア・スターマー労働党党首と妻

本人も妻(左)も「無料の品」をもらってひんしゅくを買っている TEMILADE ADELAJAーREUTERS

<保守党政権にうんざりしたイギリス国民からの期待を背負って政権についた労働党だが、理想と現実のギャップで失敗続き>

ドイツの将軍が残した格言がある。「敵に遭遇した途端、どんな計画も役に立たなくなる」。後に、アメリカの(ひょっとすると「哲学者」かも?)マイク・タイソンがこれを、「誰にでも計画はある、顔面を殴られるまでは」と言い換えた。

イギリスのキア・スターマー首相も、いったん政権に就いたら、政治的目標がさまざまな出来事によって即座に覆されることを学んでいる。

どう考えても、イギリスの新たな労働党政権は厳しい理想と現実のギャップに直面している。大まかに言って、彼らのこれまでの失敗は3つに分類できる。実務能力、思いやり、そして誠実さ。もちろん3つ全て当てはまったり重なり合っている場合もあるが、それぞれの例を挙げてみたい。

①実務能力 労働党政権が前保守党政権から、刑務所の過密という危機を引き継いだのは明らかだ。それは慢性的な問題で、限界に達しつつある。

簡単に言えば、イギリスは収容できる以上の人数を刑務所に入れている。すぐに新しい刑務所を建設し、刑務官を採用し訓練することはできないし、まして魔法の杖を振って犯罪件数を減らすことなど不可能だ。そこで労働党は「早期釈放」計画に着手した。刑期満了にに近く、「模範的な行動」を見せた囚人たちの釈放だ。

ちょうど同時期、イギリス各地で極右の暴動が発生。スターマー政権は行動を迫られ、迅速な裁判を実施するため特別な法廷を開いた。暴徒たちはかなり厳しい実刑判決を科された――彼らを厳しく罰して、社会を安心させ、同様の行動を抑止するためだ。

当然ながら、刑務所にできた空きはすぐに再び埋まった。やがて、刑務所にいるべき犯罪者が盛大な「釈放パーティー」を開いた、などという報道が出始めた。足首の電子タグ(通常は保護観察中に装着される)が装着されていない者がいるのが「見逃されている」との報道も。また、「最低限」の刑期も満たさずに被害者の近所に突如、加害者が戻ってきた、という例もあった。釈放された男がその日に女性を性的暴行する事件まで発生した。

これを見て、「よくやった、キア!」と思うイギリス国民はいないだろう。

「政治犯的」犯罪者より普通の犯罪者を優遇?

偶然にも僕は今、『収容所群島』を再読しているが、著者のソルジェニーツィンが繰り返すテーマの1つは、スターリンの刑務所制度で「政治犯」よりも「普通の犯罪者」の方が優遇されたという苦々しさだ。刑期は短く、刑務所の条件も良かった。

スターマーのイギリスとソ連最悪のスターリン時代が似ていると示唆するのはばかげているが、レイプ犯や強盗が寛容に扱われる一方で、政府の方針に歯向かった政治犯的な犯罪者には厳罰を下すというのは、ちょっと共通する部分がある。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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