コラム

急進的でなくてもいい、不必要に時代の波に乗らない... エリザベス女王に学ぶリーダーの資質

2022年09月22日(木)17時00分

近年の例では、英連邦の首長職(自動的に委譲される世襲制ではない)をチャールズが継承することを加盟国にお願いしたこと、チャールズ即位時にカミラが王妃になることを望むと表明したこと(今やそのとおりになった)、そして2011年の歴史的なアイルランド公式訪問だ。これは因縁の歴史を持つ隣国との新たな関係を築く上で、重要な役割を果たした。イギリス生まれながらアイルランドにルーツを持つ数多くのイギリス人の1人として僕は、個人的にこの和解と友好の瞬間に心を揺さぶられた。

時流に乗らず、停滞もせず

4つ目に、自ら主張することなく、人となりを他人に判断させること。繰り返すがこれは「無礼」などではないが、女王は手を振る姿と笑顔(と色鮮やかな衣装)で広く知られていた。70年の在位を通して彼女は予定外のことはあまり言わず、まして議論を呼ぶ発言などほとんどなかった。

これは確実に意図的だった――「不平を言わず、言い訳をせず」は、現代王室の非公式なモットーだ。これによって人々は自分の感情を女王に「投影」することができ、ほぼ例外なくそれは好意的だった。

これは特異な戦略というわけではない。「多くを語るな、されば思慮深い者と思われるだろう」という手法は多くの人に使われてきたが、おそらく女王は最高の実践者だろう。

5つ目に、不必要に時代の波に乗らないこと。エリザベス女王は特に、変化の時代にあって継続性を体現したことで称賛された。イギリスにはもっと時流に乗ったリーダー(例えばブレア元首相)がいたこともあるが、情勢が変わればそのスタイルはすぐにダサく見えるものだ。

女王は70年にわたり際立って一貫性を保ち続けたが、「動きを止めた」わけでもなかった。彼女は昔なら考えられなかったような行動に乗り気な姿勢も見せた。2012年ロンドンオリンピックでのジェームズ・ボンドとの忘れ難い共演や、今年見せたクマのパディントンとのほのぼのとしたティータイムなどだ。

最後に、偉大なリーダーでも衰退局面を率いることはあり得る。1952年、イギリスはまだ帝国を支配していたが、既に解体の途上にあった。イギリスは数々の経済的問題に直面した。偉大なるイギリスの産業は衰退し、収入に対して住宅コストは上がる一方。今や国民には分断も広がっている(特にブレグジットをめぐって)。

それでも女王が立派に務めを果たしたからこそ、人々はエリザベス2世の治世を振り返るとき、大いに素晴らしかった、と評価するだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story