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ラシュディ襲撃事件に見る、行き過ぎた異文化尊重の危うさ
長年殺害の脅迫を受け続けたラシュディ(3月) DAVE BENETT/GETTY IMAGES
<襲撃を受けた『悪魔の詩』のサルマン・ラシュディはイギリスでは「表現の自由」の象徴だが、ラシュディ殺害のファトワ(宗教令)以降、イギリスは異文化に理解を示そうとするあまり自らの価値観を押さえつけて委縮し、道徳的公平性を気にしすぎていたのではないだろうか>
多くのイギリス人と同様、僕の本棚にもサルマン・ラシュディの本がある。だがご多分に漏れず、僕も数ページ程度しか読んでいない。その紛れもない文学の才のためというよりも、彼が象徴しているもののためにラシュディの本を買う、という人は多い。
彼は単に、死の脅迫に何十年も耐え続け、つい最近凄惨な暴力に襲われた人物というだけでなく、表現の自由のシンボルだ。一方、残念ながらイギリスには、ラシュディはある程度自業自得だと考える人々も(イスラム教徒だけでなく)たくさんいる。
それはイギリス社会の亀裂を示し、イギリスがこれまで確立してきた価値観の保護に失敗したことを物語っている。(著作『悪魔の詩』をめぐってイランの宗教指導者がラシュディ殺害を命じた)1989年のファトワ(宗教令)はイギリスの現代政治における歴史的な瞬間だった。本を執筆したという理由で、1人のイギリス市民を殺害せよとイギリス国籍の者たちが通りで抗議行動を繰り広げる――そんな光景を見て、僕たちは目を覚ました。イスラム原理主義が突如として、「外国の」脅威ではなく僕たちの目の前に現れ、イギリスの人々は衝撃と混乱に襲われたのだ。
イギリスのメディアも備えができていなかったことを露呈した。「相反する」価値観に理解を見せようとするあまり、ラシュディ批判の声はたっぷりと報じられ、「道徳的公平性」に徹した。児童文学の巨匠ロアルド・ダールはラシュディを「危険な日和見主義者」と呼び、自らの本が反感を買うのを分かったうえで無謀な売名行為をしていると非難した。ダール自身の過去の反ユダヤ主義的発言の数々は、当時はまだあまり問題視されていなかった。
メディアはイスラム教のスポークスマンとして、ユスフ・イスラム(かつてキャット・スティーブンスの名で活動していたイギリス人ポップスターで、イスラム教に改宗)にコメントを求めた――精通したイスラム学者というよりは、おそらく彼がイギリスで「最も有名」なムスリムだったからだ。彼は、預言者の冒涜は許されず、死刑のファトワに値するとのお決まりの文句を繰り返した。白人ポップスターがテレビでインド系イギリス人の殺害を承認するなどという事態は異常だったが、「人種差別」の非難を浴びたのはインド系のラシュディのほうだった。
メディアは委縮し自己検閲
繰り返し言っておくべきだが、これは単なるラシュディへの個人攻撃にとどまらない。彼の本に関わった人々も標的にされてきた。日本では翻訳した筑波大学の五十嵐一助教授が殺害され、ノルウェーの出版人も銃撃されて重傷を負った。
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