コラム

コロナ規制に耐えたイギリス国民がキレた閣僚不倫騒動

2021年08月21日(土)14時30分

ハンコック保健相は国民にコロナ対策を呼び掛けてきた Toby Melville/Pool/REUTERS

<さんざん国民にステイホームや社会的距離を呼びかけてきた英保健相の熱烈不倫動画で、イギリス人の怒りは頂点に>

イングランドでは7月、社会的距離やマスク着用の規制のほとんどが撤廃され、英国内のイングランド以外でもその後数週間で解除された。人々は大概、1年半にわたって規制に従ってきたが、最後の最後になって、マット・ハンコック保健相にかかわる不倫騒動に相当な怒りをぶつけている。

彼が既婚者で、不倫現場を押さえられたということが怒りを呼んだ原因ではない。彼が保健相として先頭に立ち、人と会わないようにするルールを制定したり、これらを順守しなければならない理由を絶えず説得したりする立場にあったからだ。彼が補佐官の女性と抱き合う動画が英大衆紙サンに6月末、捉えられた。自分の場合はこういうことが許されて、他人には友人や親戚や離れた場所にいる人と会うことを禁じたり、家族の死に際に手を握ることさえ許さなかったりした、ということに、人々は激しい怒りをおぼえた。

問題の女性補佐官が適任者として採用されたのか、あるいはハンコックがそばに置いておきたかっただけなのか、という点にも疑問の声が上がっている(2人は大学時代からの友人らしい)。だから人々が彼をクビにしたがったのは、不倫騒動それ自体のせいではなく、新型コロナウイルス規制のあからさまな違反や、政府の採用プロセスに不正があった可能性などのためだ。彼は保健相の職にとどまろうとし、ボリス・ジョンソン首相も支持したが、結局は辞任せざるを得なくなった。

政治家の不倫に対する反応は

政治家の不倫に対する国民の反応は国によって異なり、時代とともに変わる。よく言われるのは、フランス人は政治家の不倫をなんとも思わないし、イギリス人はもっと手厳しい。1980年代と90年代には、不倫騒動で大臣級の人物がたびたび辞任した(セシル・パーキンソンやデービッド・メロー、ティム・ヨーなど)。辞任にまで追い込まれるのはたいてい、妊娠騒動やセンセーショナルな暴露話が持ち上がったり、と悪質度が高かった場合だ。

でもこれまでをざっと振り返ってみると、数々のスキャンダル歴のあるボリス・ジョンソンを首相にすることにも人々はためらわなかったし、(ジョンソンと長年愛人関係だったとする)ジェニファー・アルクリのスキャンダルでもイギリス人は、心からの怒りをおぼえたというよりは建前上の批判をしていたという程度だった。

だから過去に不倫騒動で辞任せざるを得なかった閣僚たちは、自分はアンラッキーだった、大衆はもはやこんな「プライベートな問題」など気にもかけなくなった、と感じたことだろう。

だが、今この時代でもいっそう厳しく追及されるだろう政治家を少なくとも1人思いつく。ビル・クリントンだ。彼の弾劾裁判の時に僕はアメリカに滞在していて、リベラル派コメンテーターや民主党支持者が、クリントンとモニカ・ルインスキーとの不倫を政治目的の無意味な騒動だとして問題にしない様子を目にして驚いた。

ルインスキーは一度も「被害者」を主張したことはなかったが、大統領と実習生の間には明らかに大きな力の差と年齢の差があり、その詳細からは決して対等とは言えない関係が見えてくる。

「MeToo」の時代において、大きな権力を持つ男性が傲慢にも自らの下で働く若い女性を性的満足を得るために利用することには、もっと注意を向けられるはずだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米2月PCE価格+2.5%、予想と一致 スタグフレ

ワールド

米加首脳が電話会談、トランプ氏「生産的」 カーニー

ワールド

ウクライナ、過去の米軍事支援を「ローン」と見なさず

ビジネス

独連銀総裁「過度の楽観禁物」、ECBインフレ目標回
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 6
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 8
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 9
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story