コラム

イギリス人がパブにも行かず自宅待機するのはある理由から

2020年03月25日(水)13時55分

いかなる政党でも、NHSを批判したり、全国民が無料で利用できるとのNHSの原理原則を改革しようとしたりすることはできない(もちろん、NHSは税金で運営されているからあくまで「利用するときに無料」という意味だ)。NHSのシステムをもっと市場経済に近づけようとするような試みは何であれ、たとえ合理的に見えようと敬遠される。

だから僕たちは、外出することはウイルスを拡散させ、NHSにダメージを与え、NHSをつぶすことにつながる、と警告されている。NHSの医師や看護師たちは、僕たちのために自らの健康を危険にさらしてくれており、これ以上重荷を増やすなんてとんでもない、というわけだ。

パニック買いをしないようにとの呼び掛けがされているが、実際、買い占めは起こっていた(トイレットペーパー、鎮痛薬、缶詰食品、賞味期限の長いロングライフ牛乳など)。でもそんな中、勤務を終えたNHSスタッフが、僕たちの買い占めのせいで買いたい物も買えない状況になっているとの話が出てきている。ある看護師が勤務外の時間にやっと買い物に行ったら買えたのはリンゴだけだった、と訴えるSNSの投稿が、全国的なニュースになった(多くの小売店が今や、NHSスタッフだけが優先して買い物できる「NHSアワー」を設けている)。

僕たちは地方(リゾート地のセカンドハウスなど)に逃避しないよう勧告されていたが、実際には多くの人がやっていた。だから、ロンドンの人々が(これをやるのはだいたいロンドン住民だ)、ウイルスを人口が少なくて病床数も限られているような地域に持ち込んでいると忠告された。そこで僕たちは、NHSの負担を増やさないよう自分の居住地にとどまるようになった。

戦略として、これは効いているようだ。自分の健康が脅かされると警告されても、なかには聞かない人もいる。罰金を科されると脅されても、全員が必ずしも正しい行動を取るわけではない(ある程度の罰金はかえって逆効果になるとの興味深い理論もある。人々は、たとえば30ポンドの「代金」を支払えば禁止行為を行ってもOKだと考えてしまうのだ)。

だが国全体としては、人々は自らを省みてNHSを守ろうとしているようだ。今朝目覚めたら、政府からこんなテキストメッセージが届いていた。「自宅待機を。NHSを守りましょう。命を守りましょう」

最重要なのは、真ん中の言葉だ。

20200331issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月31日号(3月24日発売)は「0歳からの教育 みんなで子育て」特集。赤ちゃんの心と体を育てる祖父母の育児参加/日韓中「孫育て」比較/おすすめの絵本とおもちゃ......。「『コロナ経済危機』に備えよ」など新型コロナウイルス関連記事も多数掲載。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story