コラム

経済悪化? 移民嫌い? イギリスに対する世界の大きな誤解

2020年01月25日(土)16時30分

世界のイメージとは裏腹に、イギリスの移民の大多数は差別を受けているとは感じていないという IR_Stone/iStock.

<イギリスのEU離脱が正式に決定しても予想された経済大惨事は訪れず、移民締め出しの批判をよそに「イギリスの移民は差別を感じていない」という世論調査結果も>

イギリスは1月31日に、EUを正式に離脱することが決定した。これまでブレグジットは、否定派から散々な言われようをしてきた。「国際社会に背を向ける行動」だの「経済的な自傷行為」だの、やれ「駄々っ子の抵抗」だのと。

僕はブレグジットを、分別ある民主的な行動で、ある種革命的だけれどイギリスが長年培ってきた価値観を否定するものではない、と捉えている。「ナショナリスト」の反乱でもなければ、現代的システムへの「トランプ的」抵抗でもない。

離脱を控えた今のイギリスのインフレ率は穏やかで(1.5%)、雇用率は記録的に高く、(IMFによれば)イギリス経済は今後2年間、ユーロ圏よりも(わずかではあるが)速いペースで成長すると予測されている。住宅価格(景況感の指標としてよく使われる)は上昇している。「あえて」EUを離脱すればイギリスはこうなるだろう、と予測されていた破滅的な姿とは著しく対照的だ。一時、インフレ率がわずかに急上昇した時には(2017年に2.9%まで上昇)、EU残留派は、イギリス経済が崩壊しつつある証拠だと騒ぎ立てた。今はどちらかといえば、インフレ率は低水準で推移している(するとEU残留派の一部は、これこそ経済が「弱い」証拠だと主張している)。

ブレグジットを推し進めてきたボリス・ジョンソン首相の保守党が昨年12月の総選挙で明確な勝利を収めたことで、「残留」運動は崩壊した。とはいえ、国民投票でブレグジットを選択してから数年がたっても、イギリスが基本的に悪化することがないことがはっきりしたから、残留派の論理はとっくの昔に崩れていた。僕は単に、経済が大混乱に陥らなかったことだけを言っているのではない。イギリスがリベラルで開かれていて、活気ある文化に満ちた前向きな国で、国際社会に積極的な貢献を続ける国であり続けている、という意味だ。

前にも書いたとおり、イギリスはNATOの一員として世界の安全保障に全力で取り組み、ODAを通じて途上国を支援し、環境行動計画に基づいて気候変動対策を推し進め続けている。

むしろ人種差別に断固反対する国

ブレグジット投票は、少なからず移民に対する懸念と関係があった。これを「人種差別主義」や「外国人嫌い」の態度だと解釈する人もいたが、問題は移民そのものではなく、その規模や増加ペース、性質にあったのだ。ここ何十年も、イギリスの人口に毎年約30万人の移民が加わっている。比較的小さな国(日本の3分の2ほど)にとっては、これは大きな数字だ。EUの「移動の自由」の下では、加盟国の国民なら誰でもイギリスに入ってこられる。

EUのパスポートを持つ人、というよりむしろ、わが国に必要な技能を持つ人や、わが国の社会や経済に有益な貢献が望めそうな人を受け入れる、そんな必要性に基づいたシステムに変えていこうとの計画を、イギリスは実行しつつある。ほぼ間違いなく、このほうがよりフェアで、より「人種差別的」でない(例を挙げるなら、白人のポーランド人単純労働者より、むしろフィリピン人の看護師を受け入れるということだ)。いずれにしろ、イギリスはこれからも開かれた国であり、多くの移民を受け入れ続けるだろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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