コラム

紅茶を愛するイギリス人は過去の遺物?

2011年06月29日(水)15時46分

 自分の生まれ育った国が変わったのを実感させられるのは、時にはほんの些細なことだったりする。僕がいま直面しているのは、紅茶を愛する国民として有名だったイギリス人が、いまや「完璧な1杯」よりも「お手軽な1杯」を選ぶようになったという事実だ。

 僕に紅茶を語らせたらきりがない。だからほどほどにしておくつもりだが、紅茶はポットに茶葉を入れ、きちんと蒸らして入れるほうがおいしい、と言えばそれで十分だろう。ティーバッグ、それもカップに入れてお湯を注ぐだけでは味が劣る。

 僕はスーパーマーケットに行くと紅茶のコーナーに足を運ばずにはいられない。何か興味深い商品やお買い得品がないか探すためだ。

 もっともその答えは、「今はもうない」。まずは約4年前、僕のお気に入りブランドの1つであるトワイニングが、6~7種類あった茶葉の商品ラインアップを3~4種類に減らした(オレンジペコもロシアンキャラバンもさようならだ)。トワイニングが生産部門を改革して再発売してくれるのを期待したが、そうはならなかった。

 この10年というもの、スーパーはどんどん巨大化していくのに、紅茶の茶葉売り場はどんどん縮小している。最近ではティーバッグは何十種類もあるのに(棚を何列も占領している)、茶葉はもう3種類くらいしか置かれていない。

 おまけに茶葉タイプには特売セールがなくなった。大半のスーパーは客寄せのためにさまざまな商品を持ち回りで「限定大特価」にするもの。彼らがもはや茶葉を特売品にしないのは、客がティーバッグから茶葉に戻ることはないと諦めきっている証拠であり、紅茶を茶葉で買う一握りの紅茶マニアは値段など気にしない、と考えている証拠だ(この点において彼らは正しい。数年前にはしょっちゅう60%引きセールで茶葉を買っていた僕が、今でも茶葉を買い続けているのだから)。

■食の関心は高まっているのに

 もちろん今でも、紅茶の専門店に茶葉を買いに行くことはできる。なかでも有名なのはフォートナム・アンド・メイソンだ。客は店内にずらっと並んだ大きなポットから少量をすくい、何十種類もの茶葉の香りを「お試し」することもできる。

 だが、誰かの家を訪れたときにきちんとポットでいれた紅茶をふるまわれることなど極めて稀になってしまった。大抵、出てくるのはティーバッグの入ったカップだ。

 これは残念なことだし、謎でもある。なぜ謎かというと、イギリス人の間で食への関心は確かに高まっているからだ。イギリス人はもうパルメザンチーズとモツァレラチーズの違いを知っているし、スパークリングワインのプロセッコとアスティ・スプマンテも区別できる。しかもどんな料理のときにぴったりか、というような知識も持つようになった。

 ところが偉大なる人生の喜びである紅茶をたしなむことにおいてだけは、大きく後退してしまったようだ。

 僕にとってこれが残念な理由は、紅茶を入れるのは一種の儀式だから。ポットを温め、茶葉の種類によって量を正確に計り、ちょうどいい時間で蒸らす......。これはとても感覚的な作業。出来上がるのを待つのも楽しみの1つだし、正しい手順にそって紅茶を「つくり上げた」と達成感を味わうことでもある。使った茶葉はガーデニングに使うことだってできる。いい肥料になるからだ。

 だがこんな風に紅茶をこよなく愛することで、僕はどんどん「古いイングランドの遺物」と化しているようだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story