コラム

なぜEUは中国に厳しくなったのか【前編】米マグニツキー法とロシアとの関係

2021年07月08日(木)20時32分

トランプ政権は2年前から、中国のこの件を非難してきた。ポンペオ国務長官は2020年3月に「今世紀最悪の汚点」とみなし、すでに中国政府関係者に対する制裁措置を何度も発表していた。

バイデン氏も選挙前の8月に、少数派のイスラム教徒に対する弾圧を「中国の権威主義政府によるジェノサイド」と発言していた。

これらのことは、たとえ大統領がかわり政権交代しても、対中政策は変わらないという、アメリカ国家の意思表示に見えた。それどころか、バイデン政権になったら、一層厳しくなるのは誰の目にも明らかだった。

もしここで、「バイデン政権になり、よりいっそう中国に厳しい措置がとられるようになった。だからEUの人権派は力をもつようになり、アメリカに同調して、中国に厳しくなった」と断じられるのなら、話は簡単だ。実際にそのような印象をもっている人たちは多いのではないだろうか。

確かに、これはある意味では正しいのだが、現実はそれほど単純ではない。ここでアメリカ、EU、中国の関係に影響を与えたのは、ロシアだと思う。

欧米の対中強硬政策は、過去には1989年の天安門事件の例が存在する。しかし、欧米はその後、むしろ中国の巨大市場という経済面に目がいく傾向が強かったのであり、根本的に敵対的な目を向けるようになったのは、最近のことだ。

敵対関係といえば、アメリカにとっては、ロシア(ソ連)のほうが、よほど歴史があって因縁が深い。

欧州にとっては、ロシアは中国とは異なり、自分たちの近隣の、極めてリアルな問題だ。EU加盟国の約半分は、ソ連の内部国か、ソ連の衛星国だった。EUにとっては中国は、地理的にも歴史的にも心理的にも遠く、直接的な軍事的脅威がないことが、ロシアとの決定的な違いである。

ロシア問題がなかったら、ここまでEUの中国への制裁が早く強固に進んだかどうかは、疑問である。実際、昨年はコロナウイルス問題で中国との関係悪化とか、香港国家安全維持法の問題とか言われていたのに、投資協定は合意に至ったのだから。

アメリカ・ロシア・EUの関係

就任当時、バイデン大統領が中国に対してと同じくらい、いや、それより大きく敵対の姿勢を見せていたのは、ロシアであった。

3月17日に放送された米ABCニュースのインタビューで、バイデン大統領はプーチン大統領のことを「殺人者」と呼んだ。

この日のインタビューは、前日の16日に、米情報機関が重大な報告書を公表した直後だった。プーチン大統領が昨年の米大統領選で、バイデン氏の選挙活動妨害を試み、トランプ氏を当選させようとしたと結論付けたのである。

ロシア側は、在米ロシア大使を本国に召喚。両者の関係は危機におちいった。しかし、ロシアは、関係の「不可逆的な悪化」は避けたい意向を強調していた。

一方で、EU側でも、ロシアとの関係は冷え込んでいた。人権問題、ウクライナ情勢、サイバー攻撃、それに加えて、プーチンの政敵、反体制指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏の問題があった。彼は、毒殺されかけて、療養していたドイツから1月に本国に帰国するやいなや、当局に拘束されてしまったのだ。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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