コラム

なぜEUは中国に厳しくなったのか【前編】米マグニツキー法とロシアとの関係

2021年07月08日(木)20時32分

しかし、この約束には、法的拘束力がない。これも「からっぽ」「言葉だけ」と批判できるものなのである。

さらに言えば、27カ国の首脳が全員一致して、この協定を歓迎したともいいがたい。オランダ、フランス、イタリア、オーストリア、ハンガリーといった加盟国からは、懸念が表明されていた。

ただ、反対はしなかったので、欧州委員会が交渉権をもち、中国との合意にいたったのだ。投資協定の批准には、欧州議会での可決が必要だ。これからは、欧州議員たちを説得していかなければならないはずだったのだが......。

アメリカ政権交代前、EUはどうだったか

実は昨年、年明け1月20日に大統領に就任することになっていたバイデン氏は、投資協定の合意に関して、「政権交代まで待ってほしい」にEU側に依頼していた。それは、「一緒に対中政策を行おう」というシグナルだった。

だからこそ中国側は、バイデン政権になる前にと急いでEUと合意しようとした。実際、協定の合意を早急にとEUに対して促したのは、中国のほうだったのだ。

それに対してEU側はどう応じたか。

ドイツ産業界とメルケル独首相は、12月末までに結びたがった。EUには「EU議長国」という輪番制の制度がある。議長国である間は、自分たちが重要と思う政策を、リードしながら進めていく可能性が開けるものだ。ドイツは昨年6月から12月末まで議長国だったのだ。しかも、メルケル首相は引退をすることが決まっている。

議長国なるものは、半年おきに交代するのだが、なんせ27カ国もいるので、1回終わると当分まわってこない。13、4年に一度だけであり、自分が首脳の間にまわってくれば超ラッキーというものだ。

そしてマクロン仏大統領はというと、「戦略的自治」というスローガンを始終口にしていた。

次期アメリカ大統領が「就任まで待ってほしい」と言っているからといって、それがなんだというのだ。臣下のように待つ必要があるだろうか──ということだ。

「ボス風」を吹かせたトランプ大統領に、散々痛めつけられ、プライドがかなり傷ついていた欧州の国々。今までのアメリカ大統領は、現実には欧州はアメリカに従うような存在だったとしても(特に軍事)、それを公にあからさまにわからせるような言動はしなかったものだ。

欧州がEUという形で力をつけてきたこともあり、EU内では、ますますこの「戦略的自治」というスローガンが会話を占めるようになっていたという。

トランプ政権の時代に、特に大きくなったこのアメリカへの反発の雰囲気は、常々「欧」と「米」の分断を狙ってきた中国にとっては、好都合だったと言える。

(ビデオ)まるで校長先生に叱られる生徒たちのように並ぶ、欧州の国々の首脳。困り果てたような顔でトランプ氏といるのは、ストルテンベルグNATO事務総長。


政権が変わっても対中強硬は変わらないアメリカ

年がかわって2021年。いよいよ翌日1月20日は、ジョー・バイデンが大統領に就任しようという前日の19日。

ポンペオ国務長官は、アメリカは現在、中国が新疆ウイグル自治区のウイグル人イスラム教徒に対して「大量虐殺を行っている」とみなしていると、改めて述べたのである。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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