コラム

なぜEUは中国に厳しくなったのか【前編】米マグニツキー法とロシアとの関係

2021年07月08日(木)20時32分

この協定は、そういった中国国家による義務の制約を、ケースに応じて多かれ少なかれ解除することを定めているのだ。大変画期的なものであったことは、間違いない。いわば、中国を「条約」という枠にはめることで、変えていこうとするものだ。

実際に、中国の投資家に対して非常にオープンなEUと、進出した外国企業に対して参入障壁や差別的な慣行を増やしている中国との間には、大きな不均衡がある。この不均衡は、EUだけではない。アメリカも日本も、他の国々も同様である。

同条約は、自動車、輸送・健康機器、化学分野などのさまざまな製造業と、金融、デジタル技術、海事・航空輸送など、広範なサービス業を取り上げている。また、中国の国有グループは、サービスを販売する欧州企業を差別のない方法で扱うことも規定している。

今まで、中国が課してきた義務に、日本はいいなりで、アメリカは反発した。企業は「中国市場をとって技術移転を我慢するか、中国市場をあきらめて技術を守るか」の選択を迫られていた。

もし本当に中国の変化が実現するなら、日本の企業にとってもなんとありがたいことか。

しかし、EU内には「実装のメカニズムは説得力がない」という批判があった。つまり、書いてあることは立派だが、実効性に薄いという意味である。

欧州の高官は「合意はほとんど空っぽだ。これは素晴らしい意思を宣言しただけで、それ以上のものではない」と語った。

モンテーニュ研究所のアジア担当顧問であるフランソワ・ゴッドマン氏は、「中国は広範な開放の譲歩をしたが、法的な観点からは境界がない(範囲が定められていない)」という。

特に、別の交渉の対象となっている投資保護や国家と投資家の間の紛争解決については、何も書かれていないのも問題だ。

二つ目の批判は、人権問題である。これが今後の最大のポイントになる。

一言で言うと「国民を奴隷にするような政権と、投資協定を結ぶとは何事か!!」という批判だ。

ただ、この点についても、欧州委員会は無視していたわけではない。ちゃんと協定の中で考慮に入れている。

投資協定の中で、中国は強制労働と結社の自由に関する国際労働機関(ILO)の条約の「批准に向けた継続的かつ持続的な努力」を行うことを規定している。この文言は、フランスがドイツに「投資協定に賛成するための条件」として、提示したものだった。

ドイツの経団連であるドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング事務局長は、自身のLinkedInアカウントで、「この条約は、投資問題で団結を見せる、一つの欧州に向かう重要なステップであり、世界ルールの採用において強力なプレーヤーとなるものです」と述べた。

そして、「EUは、中国に社会的基準の問題で譲歩させた、最初のグローバルプレーヤーです」と強調している。このことは、北京が強制労働禁止条約を尊重するという約束をしたことを述べている。

ドイツ産業界も政治も、中国に対する疑念と警戒が、すでに大きくなっていたのだ。
参考記事(2021年1月):なぜEUは中国と投資協定を結んだか:国家資本主義を国際条約で取り込み、圧力をかける戦略だ

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story