コラム

グーグルなどのネットサービスは利用者に支払うべき報酬を踏み倒している!?

2021年09月10日(金)18時06分

利用者が無料ネットサービスの商品ならば対価としていくらもらえる? REUTERS/Regis Duvignau/

<これまでの労働が「現在の自由」を渡すことだとしたら、ネットサービス利用という労働は「未来の自由」あるいは「選択の自由」を渡すことだ>

ネットビジネスの変化に追いついていない私たちの常識

かつてグーグルは「検索機能」を商品として提供していた。日本のヤフーやビッグローブもその顧客でグーグルに金を払って検索機能を自社のサイトで利用していた。私たちは無料で高機能のサービスを受けられることをラッキーと感じていた。New York Timesによると、当時のグーグルは検索エンジンとしてトップの座についたものの広告収入はまだ小さく、ビジネスモデルの変革が求められていた。

その後、グーグルは広告収入中心のモデルへの変革に成功し、現在はアメリカのデジタル広告市場でトップシェア29%を占めるまでになっている(CNBC)。その結果、今度は検索機能を提供する際にグーグルが金を払うようになった。たとえばグーグルはiPhoneのブラウザSafariの標準検索エンジンをグーグルにしてもらうためにアップル社に年間1兆円を支払っているのだ。これはグーグルの広告収入の分配だという(東京新聞)。

この話を聞いて、あなたがなんの疑問も感じないとしたら、「ネットの無料サービスを使わせてもらう代わりに、サービス業者は広告で報酬を得るのは当たり前」という古い常識に囚われている。その常識が通用しないことはグーグルがアップルに1兆円以上を支払っていることでわかる。

グーグルがアップルに金を払うのは、Safariの標準ブラウザの標準検索エンジンになることがそれだけの収益をもたらすからだ。ちなみに、検索その他(search and other)はグーグルの収益の71%を占めている柱である。

グーグルの広告ビジネスに原料を提供している私たちは収益源の最たるもののはずであり、アップルよりも多くの報酬を得てしかるべきだ。突拍子もないことを言うように思うかもしれないが、これは筆者独自の考えではなく、さまざまな人が言い出していることでもある。筆者が最初にこの意見を見たのは、哲学者のマルクス・ガブリエルの著書(「全体主義の克服」集英社新書)である。

こうしたビジネススタイルは過去の荘園制や封建制に似ていることから、デジタル荘園制、デジタル封建主義、テクノ封建主義などさまざまな呼ばれている。ギリシャの元財務相ヤニス・バルファキスなどが有名だ。

グーグルなどのネット企業はまだ法規制もない領域でサービスを開始し、その利用者を原料とする広告を商品として販売している。土地の代わりにネットサービスに利用者を縛り付けて、働かせる仕組みだ。農奴と同じように、表向き束縛されているわけではないが、事実上他の選択肢はほとんどない。ネットサービスを使わずに生活するのはかなり難しい。利用者は農奴のような存在となり、グーグルに未来の行動を原料として渡して無料でサービスを利用できるというささやかな対価で満足している。

当然、法規制の対象になってしかるべきだが、グーグルやフェイスブックは多額の政治献金などあらゆる手段を使い、「インターネットの自由を守る」、「我々を排除すれば中国がのさばる」という主張をもっともらしく見せて回避している。くわしくは拙ブログで紹介した。

「監視資本主義」を書いたショシャナ・ズボフ(監視資本主義、ショシャナ・ズボフ東洋経済新報社、2021年6月25日)は、グーグルなどネットの巨人を規制せよ、と主張しているが、商品の原料を無報酬で搾取されてことも大きな問題だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

ECB、年内に複数回利下げの公算=ベルギー中銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story