コラム

ウェブで社会を動かす? その強さと脆さ

2019年03月18日(月)15時30分

アラブの春やSOPA/PIPA反対運動のような、比較的初期のネット・アクティヴィズムが成功したのは、結局のところ誰もネットの性質をよく分かっていなかったからではないかと思う。

権力側は、よくわからんがネットとかいうもので騒ぎになっている!というだけで浮き足だってしまったし(もちろんその前から社会的、経済的に行き詰まっていたということもある)、反体制派は、ネットで騒ぎになっている、すなわち広範な支持がある、と思って街頭に繰り出した。これはいわゆる自己成就的予言であって、本当に政権転覆まで行ったわけだ。どちらも立派な角を見て、本体もまた立派なのではないかと思い込んだのである。

しかし、その後だんだん分かってきたのは、ソーシャル・ネットワーク等でのオンライン政治運動は、見かけの規模と内実の乖離が激しいということだった。Twitterで何万リツイートされた、オンライン署名を何万集めた、といっても、それが政治的に意味ある形での動員につながるかといえば、案外そうでもない。ただマウスでカチカチクリックするだけの、実質的なコミットメントを欠くクリックティヴィズム、スラックティヴィズム(怠惰なアクティヴィズム)ではないか、というわけだ。

権力者にとって本当に怖いのは選挙、あるいは社会の不安定化だけである。その意味では、別にネット活動家が自分の選挙区にだけ多くいるというわけではないだろうし、オンラインで100万人集まろうが、1000万人集まろうが、それだけならどうでもいいということにもなる。ようするに、角の大きさと本体の強さが相関しているとは限らない、ということに権力側が気づいて、単に無視するようになったのだ。

思えば、ネットは社会運動にとってはヘリコプターのようなものだったのである。ヘリコプターがあれば、素人でもエベレストの山頂に降り立つことができる。しかし、登山家としての訓練を積んでいなければ、薄い空気にも険しい山道にも対処できず、そのまま立ち往生ということになるだろう。SNSは、社会運動がごく短期間のうちに巨大な規模に成長することを可能とし、それに皆が目を奪われたのだが、実のところ政策目標を実現するにはそれだけでは不十分で、依然として長期にわたる泥臭く粘り強い活動や、逆境に耐えられるだけのリソースが必要なのである。

成功したネット・ベースの社会運動が持つ3つのキャパシティ

その意味で、トゥフェックチーによれば、ネット・ベースの社会運動で成功しているものは3つのキャパシティ(力量)を備えているという。

一つは、「ナラティヴ」(narrative)キャパシティである。ナラティヴとは元々物語という意味だが、説明がなかなか難しい概念で、例えばオキュパイ運動の「我々は99%だ」や、MeToo運動の「#MeToo(私も)」、日本なら「保育園落ちた、日本死ね」といったものがそれに当たるだろうか。ようするにスローガン、ミームなのだが、単なるフレーズにとどまらず、その背景となるストーリーを人々へわかりやすく伝え、感情を揺さぶり、共感を得るような、何かである。そういったものを生み出す能力のある社会運動は、アテンション(注目)を集めることができる。アテンションは空気のようなもので、何はともあれアテンションが得られない運動は、そのうち窒息して死んでしまうのである。

二つ目は、「ディスラプティヴ」(disruptive)キャパシティである。disruptiveとは、破壊や混乱を意味する。本当に単なるオンライン運動ならば権力側は無視できるわけだが、無視できないように、粛々と進む物事を邪魔し、混乱させ、現状をそのまま維持させない能力が必要となるわけだ。デモや抗議活動、占拠、ボイコット、あるいはこれには異論もあるだろうが、Anonymousによるサイバー攻撃なども含まれるだろう。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

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