コラム

リベラルがキャンペーン下手な理由 貧困な語彙でもトランプが熱狂を作る理由

2019年02月19日(火)17時40分

語彙の貧困さは、むしろそれこそがトランプの強みなのか Joshua Roberts-REUTERS

<トランプの演説の無意味な繰り返しの多さ、語彙の貧困さは、しばしば小学生並みと揶揄されてきたが、むしろそれこそが彼の強みなのではないか? 幾多の政治演説を分析した研究が発表された>

ドナルド・トランプがビジネスの達人かについては議論の余地がある。しかし、おそらく史上最もローコスト・ハイリターンな投資の一つをやってのけたことだけは間違いない。

トランプが「Make America Great Again」というフレーズを商標登録申請したのは、ミット・ロムニーがバラク・オバマに敗れた2012年の米大統領選挙の直後のことだった。その4年後、わずか325ドルの登録料が、おなじみの赤い野球帽に代表される膨大なトランプ・グッズの売り上げや、世界最強の国の大統領の座に化けたのだ。

レーガンが大統領選で使った「Let's Make America Great Again」

今では短縮形のMAGAや様々なパロディでもよく知られる「Make Ameria Great Again」は、数奇な運命を辿った言葉である。1980年、共和党から出馬したロナルド・レーガンの大統領選キャンペーンにおいて、「Let's Make America Great Again」というフレーズが使われたのがそもそもの始まりだ。経済におけるスタグフレーションの進行やイランのアメリカ大使館人質事件など、民主党のカーター政権下においてアメリカの国力や威信の低下がささやかれる中、「再びアメリカを偉大にしよう」は前向きなメッセージとして人気を博した。

次にこのフレーズを使ったのは、なんと対立する民主党のビル・クリントンだった。キャンペーンの正式な標語というわけではなかったが、1992年の大統領選における演説で何度か使っていて、クリントンの若く清新なイメージの形成に威力を発揮した。しかしこのときも、「Let's」が頭に付いていたのである。Let'sには「~しませんか」という勧誘のニュアンスがあって、MAGAに比べると柔らかいが、いかにも弱い。

トランプ自身、なかなかしっくり来る言い回しが浮かばなかったようで、「We Will Make America Great」や「Make America Great」などいくつか考えた末、最終的に力強い命令形の「Make America Great Again」に落ち着いた。ちなみに、2016年の大統領選でトランプと戦ったヒラリー・クリントンの陣営のスローガンを覚えている人はいるだろうか。誰も覚えていないでしょう。今から思えば、MAGAと赤い帽子が広まった時点で、勝負は付いていたのかもしれない。

「Make America Great Again」の魅力はどこにあったのか

ところで、「Make America Great Again」の魅力はどこにあるのだろう。一時は候補だったという「Make America Great」との比較がヒントになりそうだ。「Make America Great」に欠けているもの、それは「Again」である。

なぜAgainが重要なのか、行動経済学風の説明ができそうだ。人間は得ることよりも、失うことに恐怖を抱く傾向がある。これからアメリカは偉大さを獲得するのです、という表現よりも、かつて偉大だったアメリカはこんなにも失ったのだ、という喪失感のほうが、より人々の心を動かすことができる。

しかも、「偉大」の具体的内容は、個々人が好きに思い浮かべることができるのだ。ラストベルトの労働者にとっては、偉大とは製造業が輝いていた時代のアメリカだろうし、オルタナ右翼の一党にとっては、ポリティカル・コレクトネスなどという妄言が幅を利かせていない、男尊女卑が当然だったキリスト教保守のアメリカこそが、取り戻すべき過去だ。往々にしてそれは、実在しなかった幻の過去なのだが。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員

ワールド

ロシア・イラク首脳が電話会談 OPECプラスの協調

ワールド

トランプ次期米大統領、ウォーシュ氏の財務長官起用を

ビジネス

米ギャップ、売上高見通し引き上げ ホリデー商戦好発
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story