コラム

睡眠不足で起訴も? 「24時間以上眠っていないと99%の精度で分かる血液検査キット」が開発された

2024年04月08日(月)18時50分

しかしアンダーソン教授は、これらの指標は事故で強い光を浴びたり、恐怖や不安でアドレナリンが上昇したりすると正確に測れない可能性が高く、とくに本人が重傷を負った場合は役に立たなくなると説明します。その点、睡眠不足を評価する5つのバイオマーカーは、長時間の覚醒に反応し、他の環境要因には反応せず、個人差が少ないという利点があると言います。

今回、研究チームが開発した血液検査キットは、対象者の血液に含まれる「睡眠不足バイオマーカー」を、睡眠不足でない時のものと比較するというものです。

健康な20~30代の若者、計33名を対象とした実験では、24時間以上眠っていなかった場合、99.2%の確率で睡眠不足と判断できました。一方、睡眠不足ではない時の血液と比較できないと精度は落ちましたが、それでも89.1%で睡眠不足と分かりました。

なお、実験は被験者が24時間以上眠っていない状況で行われましたが、この血液検査キットは18時間以上眠っていなければ検出できるとのことです。

将来的には睡眠不足で起訴も?

アンダーソン教授は23年に5つの睡眠不足バイオマーカーを発見して論文発表した際、「このバイオマーカーを使って、交通事故で病院に運ばれた人が睡眠不足だったのか検査できるまで2年、路上でのドライバーの睡眠不足検査への応用には携帯用検査機器も開発しなければならないので5年はかかる」と試算しました。今回の血液検査キットを使えば、設備の整った場所であれば睡眠不足の検出が可能となるので、予定よりも早い開発ペースと言えます。

さらにアンダーソン教授は、この研究の意義について「将来的に睡眠不足による健康や安全の管理を大きく変える可能性がある」と語り、とくに睡眠時間が5時間未満の運転の危険性を強調しました。

事実、AAA交通安全基金の報告書(2016年)によると、運転に悪影響を及ぼさないとされる7時間睡眠をとったドライバーを基準とすると、睡眠時間が2~3時間短くなった場合では4.3倍、3時間以上短くなった場合は11.5倍も事故のリスクが高まると言います。アメリカ国家道路交通安全局の調査によると、法定基準を超えた飲酒運転の交通事故リスクは約4倍とのことなので、2~3時間の睡眠不足は飲酒リスクに匹敵すると言えそうです。

さらに、オーストラリアには、「睡眠不足による運転は飲酒運転と同じように他人の命を危険に晒しているから、アンダーソン教授の血液検査で睡眠不足が認められれば、将来的には起訴も可能になる」と考える研究者もいます。

セントラルクイーンズランド大のマデリン・スプラジャー博士は、安全な運転にはドライバーの最低睡眠時間の法的基準も必要となってくると考えており、4時間から5時間の睡眠が目安となりそうだと語っています。AAA交通安全基金の報告書と比べると、やや緩やかな基準ですが、起訴にも通じる数値と考えると十分に厳しいかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story