コラム

「ガイア理論」のラブロック博士が死去、いま振り返る成り立ちと意義

2022年08月02日(火)11時25分

やがてラブロック博士はドーキンス博士らの主張を受け入れましたが、「何かが地球を居住可能に保っているのだ」という考えは変わりませんでした。そこで、1983年に大気海洋学者のアンドリュー・ワトソン博士とともに「デイジーワールド」というモデル惑星で、ガイア理論を説明しようとしました。

デイジーワールドは、黒いデイジー(ヒナギク)と白いデイジーしか存在しない世界です。黒いデイジーの花びらは黒く、光を吸収します。白いデイジーの花びらは白く、光を反射します。どちらの花も生育に適した気温は同じです。

地表に降り注ぐ太陽光が極めて少ないか極めて多い場合は、気温が低過ぎたり高過ぎたりするため、どちらの色のデイジーも生育できません。デイジーが生育可能な温度で光量が比較的少ない場合は、黒いデイジーが繁殖しやすくなります。黒い花びらが太陽光を吸収するので、惑星自体も太陽光による熱エネルギーが蓄積しやすくなり、気温は上がります。さらに光量が多くなると、白いデイジーも繁殖するようになります。白いデイジーは温度を下げる働きをします。

温度が上がると白いデイジーが増えて温度を下げ、温度が下がると黒いデイジーが増えて温度を上げる。白黒のデイジーの数が調節されることによって、光量が変化しても気温はあまり変化しません。つまり、デイジーの自然淘汰によって惑星全体の恒常性が保たれるのです。デイジーがない状態の世界では、気温は光量に応じて上下するだけなので、デイジーワールドの恒常性はデイジーが作り出していると言えます。

デイジーワールドは「特殊すぎる設定で、地球との類似点が少ない」などと批判されましたが、後にウサギとキツネなど他の種を導入して拡張することによって、恒常性が強化されることが分かりました。

新たな学問分野、SF作品のヒントに

今日は、ガイア理論自体が科学的な理論として取り扱われることはありませんが、環境科学には大きな影響を与えています。拡張型のデイジーワールドは、生物多様性の貴重さを論じる際の論拠とされました。ガイア理論そのものが拡張されて目的論的な部分が排除されると、それまでは別々に研究されていた地球を構成する水圏、大気圏、地圏、生物圏 、地球内部を包括的に取り扱う地球システム科学という学問が生まれました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story