コラム

「ガイア理論」のラブロック博士が死去、いま振り返る成り立ちと意義

2022年08月02日(火)11時25分

「地球が1つの生命体」というアイディアは、クリエイターの想像を掻き立て、文学や映画にも影響を与えました。

SF作家の重鎮であるアイザック・アシモフは『ファウンデーションの彼方へ』(早川書房、1984年)で、人間を含むすべての生物・非生物が連帯している惑星「ガイア」を登場させました。街を育てるゲームとして名高い『シムシティ』の続編として作られた、惑星を育てる『シムアース』(1990年)は、大陸移動説、進化論とともにガイア理論に基づいて制作されました。

特撮テレビドラマの『ウルトラマン・ガイア』(1998-99年)では、ウルトラマンは「地球の意志」によって生まれます。大ヒット映画の『アバター』(2009年)の舞台となる惑星パンドラでは、すべての生命体が「意識のネットワーク」で結ばれています。

「広い視野で複合的な問題に取り組むべき」というメッセージ

ラブロック博士は、後年は地球温暖化への警鐘に力を注ぐようになりました。80歳を過ぎても精力的に活動し、2004年に「原子力だけが地球温暖化を停止させることができる」と断言したことで、「ガイア理論」によって良好な関係だった環境保護活動家たちと袂を分かちました。

『ガイアの復讐』(中央公論新社、2006年)では、「人間による環境の収奪はガイアの調節可能な範囲を既に超えてしまったのではないか。ただちに対処したとしてもせいぜいよくて悪化の速度を緩めることくらいであり、もはや回復は望めない」と悲観し、「『ガイアの復讐』により文明が崩壊した後に生き残る術を、子孫に語り伝える用意をすべきだ」と主張しました。

近年は精神論や新興宗教のように扱われる「ガイア理論」ですが、ラブロック博士は英国で最も尊敬されている科学者の1人に数えられています。英サウサンプトン大のトビー・ティレル教授(地球システム科学)は、「ガイア理論自体は否定しつつ、同時にラブロック博士の独創性と視野の広さは高く評価している。ガイア理論は、地球を理解するためには総合的な大きな視点が必要であることを示している」と語っています。

ラブロック博士は20年に受けたAFP通信のインタビューで「新型コロナウイルスの大流行への対応を迫られる中で、世界は広い視野を失った。より大きな問題である地球温暖化への対策に注力するべきだ」と述べて、不興をこうむりました。けれど、1つの災いだけでなく、地球を見回して複合的な問題点に取り組むべきだというメッセージは、私たちも真摯に受け止めるべきでしょう。

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story