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AI鑑定はアート界の救世主か? ルーベンス作品の真贋論争から考える
今回、AI鑑定をしたのは、スイスのArt Recognitionという会社です。絵画のAI分析システムを開発しており、オランダのティルブルフ(Tilburg)大学との共同研究ですでに400作品の分析をしています。
AIによる分析では、すでにルーベンス作と評価の定まっている148作品をスキャンして筆致の特徴を捉え、問題の「サムソンとデリラ」と比較しました。結果は、「91.78%の確率で本物ではない」でした。対照として、ナショナル・ギャラリー所蔵で真贋の論争がないルーベンス作品「早朝のステーン城の風景」もAI分析したところ、こちらは「98.76%の確率で本物」という結果でした。
ルーベンスのみが描いた作品は少ない
AIの贋作判定について、ナショナル・ギャラリーは「現在はコメントできない」と答えています。もっとも、この発言は、偽物と認めたくなくて逃げているわけではないようです。
ルーベンスは生涯に2000作を残した多作の画家で、工房を作って弟子や助手たちと共同制作をしていました。弟子が最初から最後まで描いていれば「偽物」ですが、本物のルーベンス作品であっても、ルーベンスのみが描いた作品は少ないのです。ただし、本人の手がどれだけ入っているのか、ルーベンスが下絵や仕上げをしたのかによって、絵の価値は大きく変わります。たとえ偽物ではなくてもナショナル・ギャラリーの「サムソンとデリラ」に10億円の価値はない、という可能性は十分にあります。
さらに、ルーベンスの「サムソンとデリラ」には、下書きが2つ存在します。一つは米シンシナティ美術館に所蔵されている、木版に油彩で行われたスケッチです。もう一つは、ずっと個人に保管されていて、2014年のオークションで表に出てきた木炭と水彩で描かれたものです。実は、どちらの下書きもナショナル・ギャラリー所蔵と同じく、サムソンの右足のつま先は描かれていません。
ではなぜ、つま先があるバージョンがあるのでしょうか。
先に紹介したヤーコプ・マータムが版画にした「サムソンとデリラ」は、米シンシナティ美術館所蔵のスケッチを下絵にしていると考えられています。もしかしたら、銅版画にする時にヤーコプ・マータムが全体のバランスを考えて、サムソンにつま先を加えたのかもしれません。その後、フランス・フランケン二世は、マサフの銅版画を参考にして、自分の絵の中の「サムソンとデリラ」を描いたのかもしれません。なので、「つま先がないから贋作」という指摘は当を得ていない可能性があります。
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