コラム

農業を救うべきなのではなく、農業が日本を救う。「だから、ぼくは農家をスターにする」 という未来予測

2015年12月29日(火)10時00分

未来予測(1)値段を超えた価値が重視される時代

 人工知能やロボットの普及で生産性が向上し、モノやサービスの価格が低下し、モノがあふれる豊かな時代に向かっている。そうなると数ある類似商品からどれを選ぶかの判断基準が、値段だけではなくなり、より精神的な付加価値が求められるようになるとみられている。

「食べる通信」が宅配する生産物は、安さが価値ではない。読者は、生産者の思いや人生哲学、生産の苦労話といった付加価値に対しても、対価を支払っている。

 こうした付加価値のおかげで、どんなカリスマシェフが調理するよりも、生産物がおいしく感じるのだという。

 最新技術を使って徹底的に合理化、低価格化を進める回転寿司チェーンと、手間ひまかけて最高の食事を提供しようとする「すきやばし次郎」などの老舗寿司屋。この二極化があらゆる産業に広がっていくと言われている。農畜産物も例外ではないだろう。

未来予測(2)コミュニティが社会の核に

 人工知能、ロボットの普及でモノ、サービスの低価格化が進み、貨幣の流通量が低下することで、貨幣経済がゆっくりと自然死の方向に進むという未来予測がある。その結果、税収入が下がることで、政府の機能も縮小せざるを得なくなる。国家に頼れなくなった人々にとってコミュニティが社会の核になっていく、という意見をよく耳にする。

 都会を捨て地方に移住する若者が増えているのは、そうした未来に向けての1つの兆候なのかもしれない。

 ただ僕は、Uターン、Iターンだけが、コミュニティ回帰の形ではないように感じていた。テクノロジーを活用した新しいコミュニティの形が出てくるのではないか。そう思ってきた。

「食べる通信」が形成する消費者と生産者の新たな関係性は、僕が探していた新しいコミュニティの形なのかもしれない。

 これまでの地域活性化と言えば、移住者を増やすか、観光で訪れる交流人口を増やすか、という2点にばかり注目されてきた。高橋氏は「食べる通信」で新たな地域活性化を提案している。この本の中で次のように書いている。


「食べる通信」が提供するのは関係性そのものだ。移住人口でもない交流人口でもない。都市と地方が継続的にコミュニケーションを取りながら双方が行き来する「関係人口」をいかに増やしていくか。地方か都市かという選択から、地方も都市もという緩やかな関係性の構築を目指していきたい。

未来予測(3)日本は「心」を世界に輸出する

 米国が主導してきた徹底した合理主義が、世界のあちらこちらで行き詰まり始めた。日本の文化や精神性に注目が集まっているのも、「心ない合理主義」に代わる価値観を世界が求めているからだと思う。日本の精神性に傾倒したスティーブ・ジョブズが作ったApple製品が世界で大ヒットしているのなら、日本の精神性を込めたモノ、サービスを世界に展開する日本企業が成功する時代になるのではないか。僕はそう考えてきた。

「食べる通信」が展開している生産者と消費者の関係性は、実は Consumer Supported Agriculture (CSA、消費者が支援する農業)と呼ばれ、早くから米国を中心に広がっている流通の一形態である。ただ米国のCSAは、安全な生産物の確保を目指したもので、生産者と消費者の関係は比較的ドライだという。一方で「食べる通信」の関係性は、よりウェットだ。

 高橋氏は次のように書いている。


地縁ではなく、都市に暮らす消費者と地方に暮らす生産者が共通の価値観で交じり合い、結び合う、地図上にない新しいコミュニティをつくることができるのではないか、そう私は考えた。日本で展開させるCSAは食べ物を得ることだけではなく、むしろそれ以上に生産者とのつながりを大事にしたいのだから。この点で、我々のCSAはアメリカのCSAをより進化させた形だともいえる。

 高橋氏たちは、この「心がこもった」CSAの世界展開にも取り組み始めた。株式会社KAKAXI (カカシ)を設立し、農地に置くデバイスの開発を進めている。このデバイスとスマートフォンを組み合わせ、生産者が生産現場の情報を手軽に正しく発信し消費者とコミュニケーションできるツールを、まずは米国に提供していく考えだ。デバイスを量産し販売価格を下げるには、一定規模の市場が必要だからだ。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米運輸長官、連邦航空局の改革表明 旅客機・ヘリ衝突

ビジネス

基調物価が2%へ上昇するよう、緩和的な金融環境維持

ビジネス

コマツの4ー12月期、営業益2.8%増 建機販売減

ビジネス

安定した物価上昇が必要、それを上回る賃金上昇も必要
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story