コラム

ローマ教皇フランシスコが手を差し伸べない、1億人の中国人クリスチャン

2019年11月26日(火)18時30分

25日に東京ドームで開催されたミサには5万人が集まった Kim Hong-Ji-REUTERS

<アジア諸国を歴訪した教皇フランシスコはリベラルな姿勢で知られるが、弾圧に苦しむ渦中の中国の「ヒツジ」たちへの支援は?>

ローマ教皇フランシスコが11月23日から26日の日程で日本を訪問した。ローマ教皇の訪日は1981年以来38年ぶりだ。アジア歴訪の一環として日本を選んだのにはそれなりの戦略からだろう。教皇はリベラルな姿勢を強く打ち出し、改革派として発声をし続けたが、受け入れ側の日本をはじめとするアジア諸国は踏み込んだ態度を示さない。教皇にとって忸怩(じくじ)たる旅かもしれない。

教皇は長崎市では原爆が落とされた爆心地と、かつて26人の信徒が処刑された西坂町公園の日本二十六聖人記念碑を訪れる。広島市でも平和記念公園を訪問する。こうした行動は彼がかねてから唱える核兵器の廃絶とつながるが、日本政府から積極的な反応は引き出せないだろう。無理もない。市民が原水爆の永久廃絶と禁止を希求する一方で、日本自体はアメリカの核の傘の下にいるからだ。

私は1985年に1度、そして今春にも再度、長崎・広島を訪問した。どちらの時も施設そのものから深い感動を感じ取ることはできなかった。一瞬にして数十万人もの人の命が奪われた両市の平和関連施設の展示では、日本が起こした戦争の目的と世界にもたらした負の影響、原爆が投下されるまでの過程に関する説明が貧弱だったからだ。

あたかも日本がずっと平和に暮らしていたところへ、ある日突然原爆が投下されたような錯覚に陥ってしまいそうな展示である。大勢の修学旅行生や市民がいたが、笑い声を発して騒ぐ者も少なくない。世界各地にあるほかの平和関連施設の雰囲気との差を感じざるを得なかった。施設側も市民側も「核の傘」に頼る国家に生き続けている以上、人類にもたらした凄惨な出来事をリアルに展示できないのだろう。

核の傘に頼りながら、毎年行われてきた広島・長崎の原爆慰霊式典の挨拶で「核廃絶」を世界に訴える日本政府と、原爆の被害者であることばかりを強調する市民――日本政府と日本人の核兵器をめぐる意識はかくも矛盾している。

香港デモにも「内政干渉」せず

もちろんこれは私個人の感じ方にすぎない。教皇は「人間の命を奪うことで問題は解決しない」との立場に立って「使徒的勧告」を発している。そのため、東京では東日本大震災の被災者や、冤罪の可能性が指摘されている袴田事件で死刑判決を受けた袴田巌氏とも交流する。他者の痛み、亡き者の声に耳を傾けた交流といえよう。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story